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読書ノート

2013-09-22

p.8

しかし多くの場合に、責任者に対するとがめ立て、それに対する責任者の一応の弁解、ないしは引責というだけでその問題が完全に落着したような気がして、いちばんたいせつな物的調査による後難の軽減という眼目が忘れられるのが通例のようである。これではまるで責任というものの概念がどこかへ迷子(まいご)になってしまうようである。はなはだしい場合になると、なるべくいわゆる「責任者」を出さないように、つまりだれにも(とが)を負わさせないように、実際の事故の原因をおしかくしたり、あるいは見て見ぬふりをして、何かしらもっともらしい不可抗力によったかのように付会してしまって、そうしてその問題を打ち切りにしてしまうようなことが、つり橋事件などよりもっと重大な事件に関して行なわれた実例が諸方面にありはしないかという気がする。

[寺田寅彦「災難雑考」]


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