大和但馬屋読書日記

この日記は

2007年02月08日木曜日

[][][][][]灼眼のシャナXIV(高橋弥七郎, 電撃文庫)

灼眼のシャナ〈14〉 (電撃文庫)

灼眼のシャナ〈14〉 (電撃文庫)

もう十四巻か。

密度のある話を疾走感溢れる筆致で云々と、思はず電撃文庫の広報担当みたいなことを書きたくなる。ハマつた者の期待を裏切らない内容だつた。

んー、「早く続きを読ませろ!!」くらゐしか書ける事がないな。とりあへず絵描きの後書きにツッコミいれとかう。炎髪灼眼だつたら美しいかもしれんがその前に銀盤が融ける。

ともかく続きを。

2006年12月08日金曜日

[][][][]ネクラ少女は黒魔法で恋をする(3)(熊谷雅人,MF文庫J)

ネクラ少女は黒魔法で恋をする〈3〉 (MF文庫J)

ネクラ少女は黒魔法で恋をする〈3〉 (MF文庫J)

二巻の感想を書いてないな。一巻で感じた欲求不満の部分、つまり張られたまま「無かつたこと」にされた伏線を改めて回収し直すのが続刊のストーリーなのかと思つたらさうではなく、一巻ごとに新たな登場人物の抱へる悪魔絡みの問題を真帆が解決するといふ方向になつてしまつた。これならいくらでも続きは書けるだらうが、真帆の問題が何一つ先に進まないのには困つたものだ。

文章はどんどん上手くなつてゐるけれども、真帆の「脳内弁慶」ぶりだけが突出して楽しいシリーズになつてしまふのか。

細かい話。私服のスカート丈をしきりに気にする場面は代々の表紙絵の所為で台無しのやうな気がするよ。

2006年11月29日水曜日

[][][][]クレイジーカンガルーの夏(誼阿古,GA文庫)

クレイジーカンガルーの夏 (GA文庫)

クレイジーカンガルーの夏 (GA文庫)

読み始めてからの百ページほどは、読むのがしんどくてしんどくて仕方がなかつた。少年達が「ガンダム」の感想戦を始めたときは読むのをやめようかと思つた。もにょるのを通り越して、全身がむず痒くて仕方がなくて本を風呂桶に沈めてしまはうとしたことも一度や二度ではない。

現実にある事物の固有名詞を執拗に並べてリアリティを積上げるタイプの小説はもともと苦手で、だから村上春樹とかよう読まんといふか、一篇読んであとは読まず嫌ひなのだけれど、本作品もそんな感じだ。昭和五十四年当時の宝塚近辺に住んでゐる中学生といふ状況が自分と近すぎて、それ故に書かれてゐることと現実の自分と間にある差異の擦り合せがしたくもないのに起きてしまひ、物語に引き込まれるには随分と邪魔になつた。

物語が大きく動いてからは相対的に固有名詞の登場する頻度が減り、面白く読めた。起きてゐることのひとつひとつに派手さはないけれど、ズシンとくるものがある。作中人物といくつも違はない世代の自分が読めば「うんうん、分る分る」と納得のいく話だから余計に執拗なディテールが不要に感じたが、同じ空気を今のラノベ世代が感じる為にはあれくらゐの描写が必要だつたといふことだらうか。

その辺りどうなんだらうと考へて、子供の頃に読んだこの本のことを思ひ出した。

山のむこうは青い海だった

山のむこうは青い海だった

物語の構造や筆致、関西弁の会話文など「クレイジーカンガルーの夏」と非常に近いものがある。これは昭和三十年代の少年がやはり夏休みに電車に乗つてちよつとした体験をする話で、「クレイジ~」同様に時代の空気を感じさせる描写が丹念に為されてゐる。とはいへ、それほど具体的な固有名詞に頼つてはゐない。故に、丁度「クレイジ~」で描かれてゐる時代に小学生だつたワシでもあまり抵抗を感じることなく物語に入ることができた様に思ふ(‥‥と思つてゐるが今読み返したらどうかは分らない)。

なんといふか、「ガンダム」ベースに書かれてゐるからライトノベルレーベルから出版されてゐるけれども、本当ならフォア文庫あたりから児童書として出版されるべき物語なのではないかと感じた。

しかしさう思つてフォア文庫のことを調べてみたら、かつて良質な児童書を数多く紹介した*1レーベルが、今ではえらいことになつてゐて愕然とした。

寒い時代とは思はんか。

*1:前掲の書もさうだし、初めて「坊ちゃん」や「戦艦武蔵のさいご」を読んだのもこの文庫の版だつた

2006年10月30日月曜日

[][][][][]吉永さん家のガーゴイル(11)(田口仙年堂,ファミ通文庫)

九、十巻の感想を書いてないので先に書いておくと、こちらは所謂「本筋」めいた話として古科学といふ錬金術師への対抗勢力を登場させ、世界観を広げようとする話。四巻に通ずる過去編でもあり、ガーゴイルがトラウマと戦ふ話でもあり、傍系シリーズの「おるたなてぃぶ」に繋がるものでもあり、何とも盛り沢山な前後編で面白かつた。

それを受けての今巻はガーゴイルをはじめ被造物たちの精神的成長の話。仙年堂が書きたい路線が大分明確になつてきたかな。ただ、「おるたなてぃぶ」や「コッペ」も含めて、主題が似通つてきつつある嫌ひはある。

一巻分の物語としてみた場合、今作はちと微妙。なんだかいろいろ配慮しすぎで、まとまりすぎてて勢ひがない。取材モノの難しさが出てしまつたかな。あと、なんだかアニメ版を意識しすぎてないか。気のせゐか。アニメからのフィードバックとしてオシリスが声を出す様になつたのは悪くないと思ふけど。

次はまた「おるたなてぃぶ」らしい。個人的には「コッペ」を読みたいんだけどな。

追記

気になる記述がひとつ。

ちなみに美森は百色が梨々の保護者であることを知らない。

「吉永さん家のガーゴイル11」p.229

へ‥‥???

七巻の騒動の後で何を今更。アニメの九話とは違つてたかと思はず七巻を読返してみたが、やはりあの双葉と梨々の喧嘩を仲裁してゐた美森がそれを知らない筈はないだらう。

といふか、このちなみに自体が全く不要にしか思へないのに(読者の誰も気にしてないことを敢て説明してゐる)、それをわざわざ書くといふことは今後それを踏へた展開が用意されるといふことだらうか。

2006年02月13日月曜日

[][][][][]コッペとBB団 その2(田口仙年堂,ファミ通文庫)

ああ、もう上手いなあ。薔薇の騎士のキャラづくりなんて今更ピクシィミサですか手垢つきまくりだろと最初は思つてたのが、さういふ風に持つていくのかと感心させられた。上手いなあ。

どちらが善でどちらが悪かといふテーマ自体もさう珍しいものではないけれど、その作品世界で「正義のヒーロー」と「悪の組織」が最初になぜその様に定義づけられて広く認知されるに至つたかが気になるといへば気になる。一巻目で説明されてたかな? よく覚えてないので後で読み返さう。たぶん、今回明かされたデイストーンの秘密とも関つてきさうだ。

後書きがほとんど「ガーゴイル」のことばかりなのはどうかと思ふ。ところでコッペとガーゴイルは実のところ表裏一体といふか、似たもの同士なんだよな‥‥と気がついた。それでいて同工異曲といふ感じもしないし、大したもんだ。

文章表現で一箇所だけ引掛る点があつたが、これは編集者が気付いてフォローすべきところではないかな。

[][][][]ネクラ少女は黒魔法で恋をする(熊谷雅人,MF文庫J)

ネクラ少女は黒魔法で恋をする (MF文庫J)

ネクラ少女は黒魔法で恋をする (MF文庫J)

今時「ネクラ」といふのもどうか、などと思ひながら読み始めた。

着想をそのまま形にしたといふ感じで、その着想自体は良いのだけど、各方面にあと一歩づつ踏み込みが甘い。なんでもネガティブに自己完結してしまふ主人公が変つていく様も、結局自己完結の域をあまり踏み出てゐない気がするし、その変化の切掛けとなる個々の事象についても割と簡単に流れてしまふ。悪魔を寄せ付けない伊丹書店の秘密とは? とか、大河内との恋を賭けた一大喧嘩が始まるのか? とか、出演するはずだつた舞台はどうなつた? とか、読みながらそれなりに期待を煽られた部分がいくつもあるのに、どれも何ともならなかつたのが惜しい。全部を欲張るとそれはそれで大変だけど、どれか一つにでも踏み込まないと一番重要なテーマまでも流れて行つてしまふ。それらは続編で回収すべきやうなものでもないと思つた。

丁寧に書かれた文章は読み易かつた。それが、良くも悪くも作品の内容を表してゐたと思ふ。

2006年02月10日金曜日

[][][][][]灼眼のシャナIII〜XII(高橋弥七郎, 電撃文庫)

灼眼のシャナ〈12〉 (電撃文庫)

灼眼のシャナ〈12〉 (電撃文庫)

年末年始に既刊を一気に読んで、今日最新刊の十二巻を読んだところ。

最初からの印象どほり、確かな描写力でぐいぐい引張られて、一気に読み進めることができた。一冊ごとの感想は省くが、少年漫画的に実に面白い。ただし、「0」のパロディ短編だけはいただけない。まあ、あまり向いてないことはするな、と。

アニメ版は、観るとその後文章を読む際に台詞に声がついてしまふのが嫌なので避けてゐる。が、この間たまたまスカパーでやつてゐるのを途中から観てしまつた。第四話かな。多少話の構成は変へてあるやうだが、特に描写に違和感などは感じなかつた。これは、元の文章の描写が確かだから制作側にも視聴者側にもイメージのぶれが生じてゐないものと好意的に判断したい。声もイメージを崩すやうなものではなかつた。

しかしやはり、最新刊を読む際に頭の中に「うるさいうるさいうるさい!」と釘宮声が響いたのには困惑した。さういふ色は、本を読む時には要らない。

2005年12月06日火曜日

[][][][][]憐 Ren 遠いキモチと風色のソラ(水口敬文, 角川スニーカー文庫)

憐 Ren―遠いキモチと風色のソラ (角川スニーカー文庫)

憐 Ren―遠いキモチと風色のソラ (角川スニーカー文庫)

シリーズ完結作、本編としては三巻目。

完結はしたが、この終り方ならば一巻目の時点で終つたのと大した違ひはないやうな。二巻目で新たに登場した人物たちの話が勝手に決着しただけで、結局憐や玲人の行動が未来に影響を与へる訣でもなささうなのが物足りなかつた。まあ、そこまですべきかどうかは好みの分れるところだと思ふ。

ライトノベルの主人公の行動が青臭いのは悪くないといふか、むしろさうあるべきだとも思つてゐるのだけれど、この作品の場合は悪役たる大人の描写の方が青臭くて、そこが読んでゐて居たたまれない部分。「大人の論理」は、せめて大人が読んで共感できるものであつて欲しい。一巻目から感じてゐた未来世界の構造の有得なさといひ、世の中の大人はそんなに馬鹿ばかりなのかと。敵役かあるいは主人公達を導く役として一人でもいいから「魅力的な大人」が登場してゐれば、作品にもつと深みが出たと思ふ。たぶん、作者自身が「大人」嫌ひなのだらう。

口絵の導入部と、巻末のおまけ漫画はよかつた。絵師は良い仕事をした。

絵師はいい絵師はいい2006/05/31 12:01ストーリーは破綻しすぎている。ナイフが掌を貫通していても、腹を刺されても、警察に取調べを受けても、病室の外で「殺す」なんて話を立ち聞きしていても現実感がない。
設定どおりなら当日自分が死ぬことが分かっているはずだが、ほかの過去流しの仲間に今の状況を受け入れる予定を熱く語る人を出している。
一つの本の中で、過去流しの解釈を180度変えているあたりとか痛すぎてなんともいえない。

yms-zunyms-zun2006/05/31 15:06はあ、まあ特に異論はありませんが、私の書いたことに対してのコメントでなく作品そのものについての論評を見ず知らずの私のところにぶら提げられてもあまり意味が無い様に思はれます。次からはご自身のスペースで思ひの丈をぶつけられることをお勧めします。例へばこの日記と同じbookグループに参加されるのがよろしいのではないでせうか。別に迷惑に感じてゐる訣ではありませんが、違ふ土俵に上がられてゐる様にみえます故。

2005年10月31日月曜日

[][][][][]吉永さん家のガーゴイル(8)(田口仙年堂,ファミ通文庫)

出た。読んだ。なんだか、好物のトマトジュースを一缶五秒も掛らずに飲干した時のやうな感覚だな。特に今作は、一冊分のボリュームがあるにも関らず短編集の一篇を読んだだけのやうな感じが残つた。詰らない訣ではないし、内容がスカスカな訣でもないとは思ふのだが、いつものやうな多少無理矢理な盛上りがなかつたためにさう感じたのだらう。後書きに「原点に戻つて双葉とガーゴイルの話」とあるが、あまり双葉は関係なかつた気もする。いろいろあつて「痛み」を覚えたガーゴイルといふのは後々の話に効いてきさうなので、その辺を楽しみにしておかう。

この「ガーゴイル」もアニメ化らしい。まあ、アニメ向きだとは思ふ。キャラが揃つてゐるからエピソードはいくらでも作れるだらうし。「でじこ」みたいな感じで観られれば楽しいだらう。ファミ通文庫繋がりでいへば「ぺとぺとさん」みたいにはならないで欲しい。アニメしか観てゐないが、あれはいただけない作りだつた。

2005年10月23日日曜日

[][][][][]灼眼のシャナ(高橋弥七郎, 電撃文庫)

灼眼のシャナ (電撃文庫)

灼眼のシャナ (電撃文庫)

誓つていふがアニメを観て読み始めたわけではない、といふのはタイミング的に空しすぎるか。近々アニメ化されるとは知つてゐたが、購入して読み終へた週にアニメの放映が始まるとは思はなかつた。観てないけど。とりあへず小説の方を楽しみたいのでアニメは最後まで観ないつもりだ。

全体的に質の高い予定調和で事が進む。文章に力があるので読んでゐて淀みがない。先の展開まで読めてしまひさうな錯覚に陥るが、現時点で十巻を超える冊数が出てゐるのだからそれなりに紆余曲折はあるのだらう。それを見届けようといふ気にはさせてくれる第一巻だつた。

ところで、脇役の人物名はどれも首相の捩りなんだな。あと、「坂井」と「平井」で対比させてゐるのは気付いたがどういふ意味かまでは分らない。といふか主人公の名前からはゴジラ模型の造形家を思ひ出してしまふな。

[][][][][]灼眼のシャナII(高橋弥七郎, 電撃文庫)

灼眼のシャナ〈2〉 (電撃文庫)

灼眼のシャナ〈2〉 (電撃文庫)

二冊目。

脇役である主人公の友人達を事件に巻込む話だが、その核心との距離の取り方が絶妙だと思つた。これが安易な物語であれば、巻込むだけ巻込んでおいて最後に記憶操作で忘れさせるなんてことになり兼ねない。とはいへ、よく考へてみれば「トーチ」といふ設定自体がそれにあたるので、あまり手放しに褒められる訣でもないのだが。ともあれ今後、主人公の「正体バレ」も物語のイベントに組入れられるのだらうと予想。

相変らずの確かな描写で、敵味方問はず登場人物が魅力的に描かれてゐるのがいい。

2005年10月15日土曜日

[][][][][]疾走! 千マイル急行 (下)(小川一水, ソノラマ文庫)

疾走!千マイル急行〈下〉 (ソノラマ文庫)

疾走!千マイル急行〈下〉 (ソノラマ文庫)

上巻で物足りなく感じた部分をすべて払拭し、結末まで一気に駆け抜けた。お見事。テオは主役たらんと自分の足で立上り、周囲の大人がそれを支へていく。それでいい。

存分に楽しんだけれども、まあ何だ、鉄道で戦闘を行ふといふのが如何に有得ないことかもよく分つた。宇宙空間で艦隊戦を行ふのと荒唐無稽さで争つてみればなかなか甲乙付け難いのではないかと思ふ。片や空間が一次元の軌道上に限定されすぎるし、もう一方は空間が全方位に広がる割に「天体(宇宙戦艦のことだ)」の運動はやはり重力の制約を受けた限定的な軌道に縛られるはずで、大海原を自由に航行するやうにはとてもいかない。もちろん、だからこそ想像の仕様によつていくらでも面白くできるわけだが。その点で小川一水はよくやつた。

あとがきについて。「そんなに気楽に電車に乗るなよ! 」は、成程これがアイチ圏*1の人の感覚なのだらうな、と思つた。首都圏と関西圏ではまたそれぞれに感覚が違ふし、地方に行くほどその意識の格差は拡がるばかりだらう。京阪間の衛星都市出身の自分にとつては、鉄道とは私鉄VS国鉄の激しくも華々しい激戦のフィールドといふ感覚が強い*2。子供心にも理解できるほど目に見えて向上していく過剰なまでのサービス合戦、それ故に贔屓の電車に乗つて感じた奇妙な優越感やライバル線に乗つて感じた微妙な羨ましさは、この小説でアルバートが抱いたものとたぶん同質のものだつたのだらう。結局そのサービス合戦に在阪各社は疲弊しきつてしまひ、悲劇的な象徴として例の事故が起きたことを、オレは忘れないやうにしようと思ふ。でもそれは、オレ達利用客が求めた利便性の結果なのだよ。作中でドラグストン機関が求めたものと、少しも変らない。

[][][]はい、こちら国立天文台―星空の電話相談室(長沢工, 新潮文庫)

はい、こちら国立天文台―星空の電話相談室 (新潮文庫)

はい、こちら国立天文台―星空の電話相談室 (新潮文庫)

なんだか小川一水小説みたいなタイトルだな。まあ、「現場モノ」の雰囲気を出すには丁度いいのだらう。

国立天文台広報普及室に勤務してゐた著者のエッセイ。面白いことは面白いのだが、読み進めるうちに若干もにょもにょしたものを感じた。あれだ、昔サポセン系サイトを読んだ時に感じたやつ。ああしたものに何の屈託も感じない人が読めば文句なしに面白いのかもしれないが、生憎オレはさうではなかつた。

オレが期待したのはもつと天文台の研究とか運営そのものに寄つた内容であつて、しかしこの本の主題はあくまで電話を通じた相談者とのやり取りであり、そのやり取りの大半は言葉は悪いがしやうもないものなのだつた。なんだか天文学に興味を持つより先に門前払ひを喰つたやうで、なんともやりきれない読後感がある。

ドキュメンタリではなくエッセイなのだからそんなものといへばさうなのかもしれない。でもやはり、過剰なロマンチシズムに満ちた内容である必要はないにしても、「なんか知らんが凄いことをやつてるぞ」といふ期待感くらゐは持たせてほしいぢやないか。的外れかつ高望みなのかな。

*1:「YATATA WARS」て分るかな?

*2:この気分を見事に描き出したのが同人漫画の「電車でD」だ

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