大和但馬屋読書日記

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2005年08月19日金曜日

[][][][]邪馬台国はどこですか?(鯨統一郎,創元推理文庫)

邪馬台国はどこですか? (創元推理文庫)

邪馬台国はどこですか? (創元推理文庫)

歴史的に著名な事件を、一般的に知られてゐる文献資料等を材料にしてミステリ的手法で解明かし、通説とは全く異なつた結論に着地させてみせる小説

ミステリの論理展開による面白さを味はふには格好の本なのだらう。論理展開のための「お膳立て」が先に整へられ、その一要素として「人が殺されてゐる」ことが大前提となつてゐるステロタイプミステリの構造に反吐が出るオレでも、題材的には楽しく読めた。

しかし、論理的な読解き部分がどれだけ楽しくても、それを語る手法を、人物配置を、語り口を好きになれない。題材として取上げられる歴史的な人物や事件があまりマニアックすぎては読者がついてこられないから、できるかぎり俗流解釈に則つた一般論を提示してそれを引繰り返すといふ手法になるのは致し方ないところだらうが、その「俗流」の部分があまりに俗つぽすぎる。そのせゐかどうか、登場人物も悉くスノッブな思考と言動に終始してゐて、まづこれを読むのに相当な我慢が必要だつた。

歴史の俗流解釈についてもそのいくつかは「今時それはないだらう」としかいへないもので、論理展開ではなく題材選びそのものに無理矢理さを感じることがあつた。

この作品を「歴史トンデモ本だ」といつて批難するのは当らないと思ふ、オレもそんなつもりは毛頭ない。あくまでこの作品の醍醐味は「限られた文献資料を元にしたアクロバティックな論理的読解き」にあり、それがミステリの真骨頂でもあると理解した上で、そこは大いに楽しんだ。しかしミステリであるが故に「お約束」的に肉付けされたその他諸々の部分が気に入らない。だから、オレはやはりミステリを読まない。

同様の論理展開で、フィクションではなく歴史研究書として優れた考察をした本に例へば遠山美都男の「大化改新―六四五年六月の宮廷革命 (中公新書)」などがある。誰も読まないだらうけど、いい機会なので挙げておく。

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