大和但馬屋読書日記

この日記は

2005年04月17日日曜日

[][][]三鷹事件 1949年夏に何が起きたのか(片島紀男,新風舎文庫)

三鷹事件―1949年夏に何が起きたのか (新風舎文庫)

三鷹事件―1949年夏に何が起きたのか (新風舎文庫)

「日本を震撼させた事件シリーズ」の一冊。昭和四十年代生れのオレにとつて、三鷹事件は「三鷹事件といふ大事件がその昔にあつた」といふ以上の知識はない。たまたま書店でこの凡そ千ページ近くもある分厚い文庫本を目にして、これ一冊ですべてが分るなら読んでみようと思つた。森達也の解説もついてることだし、とか。切掛けなどそんなものだ。

そして今最後まで読み通して、読後感のやり場のなさに困り果ててゐる。それはただ単に、単独犯と認定されて死刑判決を受け、無罪を主張しながら獄死した竹内被告への感情移入からくるものではない。事件そのものの異様さ、関係者と目された者に対する恣意的な逮捕・拘禁・取調べの数々、そして裁判進行の異常さについては本書を読めば分ることなので、改めてここで繰返すこともない。

国鉄が、労組が、検察と警察が、裁判所が、拘置所が、医師が、官僚が、弁護士が、共産党が、占領軍が、そしてマスコミの形作る世論が、ある一人の被告人の足元にせつせと穴を掘つてゐる。ことに異様なのは、その穴を率先して掘つてゐるのは被告人の担当弁護士ときてゐる。ネットで調べてみたところ、この担当弁護士の一人は数々の大事件を手掛けた名弁護士ださうだが、この本を著者に寄添つた視線で読む限りはただのペテン師としか考へられないのだ。この感覚が正しいのかどうかは、もつと色々な本を読まなくては分らないだらうが、とにかく今はそんな風に感じてゐる。

そして、国鉄と、労組と、検察と警察と、裁判所と、拘置所と、医師と、官僚と、弁護士と、共産党と、占領軍と、そしてマスコミの形作る世論のすべてに呪詛を吐きたくて仕方がない。どうしようもないからここに「馬鹿野郎」とだけ書いておく。我ながら本当に中二病くさい。

当時の社会と今の社会が、地続きの同じ社会であることと、自分がその中の一人であることを忘れないでゐようと思ふ。


下関係ありさうななささうなことを雑感的に。つかただの自分語り

この本を読みながら、もしこの事件の状況下に現在の様なインターネット環境があつたらどんなことになつてゐたかと何度も考へた。2chのやうな匿名掲示板や有象無象のブログだのなんだのがてんでに勝手な憶測を繰り広げ、晒さなくてもよい個人情報を徒に晒し、豚の餌にもならない署名運動なんぞがあちこちで興り、皆が何かの御為ごかしを言つたつもりになつて、しかし全体としては事件解決に何の寄与もすることなく事件の話題そのものを無責任に腐らせていくのだらう。

今ネット上にあるすべての所謂「時事ネタ」について同じことが言へる。いくら冷静な判断を装つたところで、同時的な渦中に呑まれてゐては自分の意見などあつて無きに等しい。何かについてコメントをしたとして、では五年後に見返した時に自分はそれをどう思ふだらうか。どうにか思つたとして、過去の自分の発言に対して何らかのフォローができるだらうか。ものを言ふときに、さうしたことまで考へるべきなのか否か。オレ自身、「どうあるべきだ」といふ答へを今は持つてゐない、「大人」ではないからさう簡単には気持ちを割切れない。ならばせめて、割切れてないことを書留めておかう。

なんかもう書いては消し書いては消しするばかりで文章を纏められない。

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