大和但馬屋読書日記

この日記は

2007年08月15日水曜日

[][][][]カラクリ荘の異人たち(霧島ケイ,GA文庫)

夏らしい異世界探訪話。盆に読むには丁度良い題材だつた。

扱つてゐる題材はそれなりに面白いのだが文章に今一つ味が足りなくて惜しかつた。決して下手ではないけれど。

あと、同じ日に読んだもう一冊ほどではないがやはり最後を投げ気味の気が。本作の場合エピローグの章を設けて主人公太一の日常のささやかなる変化、特に采奈との関係について等に僅かでも触れなくてはなるまい。え? これで終り? とページを繰り直してしまつたほどだ。

続き物の開幕といふものへのスタンスが業界ごと変りつつあるのかなあ。文藝としては明かな退歩だと思ふ。

秋山瑞人が沈黙してしまつたこと、「ハルヒ」の新刊が延期になつたままであることなど、直接関係のないネガティブな事象を何故か連想してしまつた。

[][][][][]マルティプレックス(田村登正,電撃文庫)

「エンダー」もの。高校生が遊んでゐるバーチャル戦争ゲームと思つてゐたものが実は‥‥といふ話。その「‥‥」の先がこの巻では全く明らかにされなかつたのは肩透かしだつた。主人公が真実に気付く過程の運びは悪くないものの、シリーズの一冊目として三百五十ページも費やして投げ放しエンドといふのはいただけない。

書き手はそれぞれのエピソードに対して一区切りつけたつもりかもしれないが一冊の本として纏めきれてゐない。作者の力量に因るのでなければ編集者の方針といふことにならう。かういふのが当り前になりつつあるのだらうか。

読後感が消化不良すぎて面白かつたどうかもよくわからないが、少なくとも「エンダーのゲーム」や「All You Need Is Kill」を読んだ後の様な味はひをこのシリーズから得る機会は逃してしまつたやうだ。続刊が出てからの纏め読みならよかつたかもしれない。しかしさういふ読み方では続刊の出版自体が危ふくなるこの時世。ままならんの、と嘆く前に話を一冊で纏めてくれ。

2007年08月14日火曜日

[][][][][]灼眼のシャナXV(高橋弥七郎,電撃文庫)

灼眼のシャナ〈15〉 (電撃文庫)

灼眼のシャナ〈15〉 (電撃文庫)

五巻に一度の外伝、今回は『約束の二人』の過去編。本編との繋がりは何処に、と思へば『彩飄』フィレスが吉田一美に託した宝具の意味を読者に再確認させるための物語であつた。

ただの脇役として登場したかに見える『空裏の裂き手』クロード・テイラーの過去が語られるにつれ、彼こそがこの物語における坂井悠二なのだと気付いたら俄然面白くなつた。クロードの妻が『約束の二人』に託した最後の言葉が胸を打つ。そして今まさにこれを書いて、クロードの妻が最後の言葉を託した相手の通り名が『約束の二人』であることに気付いたら、それが感動に変つた。

表面上の主役であるフレイムヘイズたちの話として読んでゐる間は、ハワイが舞台であるといふ個人的な「TDU」補正なくしては興味を持続させられなかつたけれども、読み終へた今は大満足。傑作だつたと思ふ。

それはそれとして早く本編の続きを読みたい。一刻も早く。

2007年08月09日木曜日

[][][][]時載りリンネ! 1(清野 静,角川スニーカー文庫)

時載りリンネ!〈1〉はじまりの本 (角川スニーカー文庫)

時載りリンネ!〈1〉はじまりの本 (角川スニーカー文庫)

食事の代りに本を読むことで情報を摂取して生きる「時載り」と呼ばれる種族の少女と、その幼馴染の普通の少年の物語。モチーフだけ見ると「文学少女」シリーズとか「モモ」とかいろいろ思ひ出す。一方、物語の構造としては「灼眼のシャナ」や「円環少女」などに似てゐる。まあ、それらの様に血腥いアクションではないけれども。まあ、今時のラノベらしくいろんなものを下敷きにしてるな、と思つた。

一冊分の物語の中で、異種族の背景を小出しに説明しつつ話を進める手腕は「シャナ」や「円環」にも劣つてゐないと思ふ。文章も、時々引掛る点がなくもないが巧い表現を沢山持つてゐる印象。

ただ、登場人物全体の年齢設定に若干の無理を感じるのが難点。読み始めた時は彼等が皆小学生だなどと思はなかつたし、途中の展開を考へてもそれで押し通すのは無理すぎる、あるいはそれを許容できる舞台設定になつてないと思ふ。一往、現実世界に近い札幌が舞台の様だし。「りすか」あたりの影響だらうか。

続編ありきの様だが、能力インフレバトルの方向に進まなければ良いな。一見すると能力限定バトル物の体だけれども、その限定の仕方と打破り方が恣意的なので初手から実はインフレ気味ではある。特に語り手である少年が一番怪しいことでもあり。とりあへず続きが出たら読んでみる。

それにしても「透過光」はないと思つた。文脈的にその使ひ方はをかしい。メタな表現として有得ない訣ではないが、どうなのだらう。

2007年08月06日月曜日

[][][][]海をみあげて(日比生典成,電撃文庫)

海をみあげて (電撃文庫)

海をみあげて (電撃文庫)

夏だし夏つぽいものを手にとつて読んでみた。

タイトルと、表紙と、舞台設定がすべてかな。物語そのものは少しあつさり流れすぎて、心に引掛るものがない。もう少し具体的に鯨の謎に踏込むとか、街の人々の鯨に対する感情を煽るとか、街の外の視線から鯨を捉へてみるとか、主人公と鯨の関係を深めるとか、さういふ何かが欲しかつた。良いとか悪いとか以前の何かが。

絵師も影響を受けてゐると公言してゐるからジブリに喩へると、「魔女の宅急便」の前半部分だけ観て終つた感じ。原作童話の「魔女の宅急便」でももう少し深みがあつたと思ふ。読んだの随分前だから忘れてるけど。もう一味あれば学級文庫に置くジュヴナイルとして相応しくなりさうなだけに勿体無い。

2007年08月01日水曜日

[][][][][]ガーゴイルおるたなてぃぶ(3)(田口仙年堂,ファミ通文庫)

表紙からして「誰やねん」と言ひたくもなるが作者によると「新キャラが一人も出てこない」最新作。

鳥屋と愉快な仲間たちvs怪盗百色一家、といふ表向きの話ではあるがメインはやはり錬金術vs古科学。「吉永さん家」本編ではいよいよやりにくくなつたバトル描写をこちらで存分に、といふ方針なのかどうか、今回は九十九色‥‥えーと、ぶつちやけ梨々(といふ本名は出てこないが)のスキルがまたえらいことになつてゐるな。本編七巻の感想として「無茶が過ぎる」などと書いたのが阿呆らしくなるくらゐに。ストーリーもその七巻を受けてのものなので、やはり先に本編を読んでおくべきだらう。

前巻でオシリスを出さなかつたのでさういふ方針かと思つたらあつさりデュラハンは登場(但しやはり名前は出ない)。もうこの先いつ吉永家が、とりわけ元祖ガーゴイルが登場してもをかしくはない気配だが、さてどういつた形で絡めてくることやら。本編での高原親子の関係への決着とも無縁では居られなくなるわけだし、全体をどう纏めるのかが興味のポイントかな。

あれ、さういへば本編十二巻の感想書いてなかつたか。

2007年07月17日火曜日

[][][][]人類は衰退しました(田中ロミオ,小学館ガガガ文庫)

人類は衰退しました (ガガガ文庫)

人類は衰退しました (ガガガ文庫)

ガガガ文庫創刊前後に評判を目にして探したが既に書店からは払底してゐた。増刷分をやうやく手にして読了。まことに面白かつた。

文藝を「文章による藝術」とするか「文章の藝」とするかは人により見解が異るだらうが、後者の立場からみるとこれは実に優れた文藝作品だ。

「これはSFである」といふ評価を与へるとまるでSFとは優れたものであるといふ無言の前提があるやうで正直糞喰らへと思ふのだが、さういふこととは無関係にこれは実に優れたSF作品だ。

背景となる物語世界の構築とその上で起る出来事とそれを見届ける視点とそれを描写する文章表現に一切の無駄がなく、遊び心に溢れてゐて、要所に巧妙な仕掛けも含まれてゐる。ニヨニヨしながら読み終へてみると、全体が大きな風刺にもなつてゐることに気付く。小説とはかくあれかし。他の作品を何冊か読んでガガガ文庫は正直微妙かなと思つてゐたが、かういふものをきちんと含めるあたりが流石小学館と思つた。

著者は十八禁ゲームのライターが本職とのことだが、なるほど本文の語り口はその方面で培つた技術が巧く行使されてゐるのではないだらうか。

2007年07月10日火曜日

[][][]仏教と日本人(阿満利麿,ちくま新書)

仏教と日本人 (ちくま新書)

仏教と日本人 (ちくま新書)

一言、面白かつた。僅か四頁分の「はじめに」を読んだだけで元は取れた気がした。本文は言ふに及ばない。

今までも何冊となく本書の書名と似たテーマの本は読んできたが、それらはどうしても教科書に載る様な「大きな歴史」の解説に終始しがちであつた。もちろんそれはそれで知つておきたいことではある。本書の面白みは、それらの「大きな歴史」が如何にして日本人に受容され、市井の文化に組込まれていつたかについて徹底的に考察してゐるところにある。その根底として、柳田國男民俗学の影響が大きくみられるやうであり、そろそろ自分も柳田國男を読んでみたくなつてきた。

この種の本を読み、日本がどのやうな文化を育んできたかを考へれば考へるほど、ワシは「宗教」といふものが分らなくなる。分らなくなるといふのは、つまり簡単に割切つて切り捨てられなくなるといふことだ。自分が他の一般的な人々と同様に特定の宗教に深く帰依する可能性が今のところ殆ど無いからこそ、余計にさう思ふ。まさにその心情をテーマとした本が同じ著者により出版されてゐる様なので、そちらも是非「あはせて読みたい」。

2007年07月04日水曜日

[][][]「感動」禁止!―「涙」を消費する人びと(八柏龍紀,ベスト新書)

書店でタイトルだけに惹かれて買つた本。

通読した印象としては、なんだか散漫な内容だと感じた。それもその筈で、あとがきによると東大の自治会主催による自主ゼミの講義録を再編したものらしい。「消費社会」をキーワードとし、所謂「団塊の世代」が青春時代を過した学園紛争とフォークソングの時代から現代までを文化史的に切り取つて、時代の「気分」を再確認するのが本の主軸で、その中で「感動」といふものが商材として扱はれる様になつたことを思ひ出した様に批判的に論じてゐる。

ワシも少し前にダイアリーで感動なんてものはもはや経済を語る指標の一つにすぎないつてこつた などと吐き捨てたことがあつたから、本書の主旨に大きな違和感はない。しかし、一つの論として本書を眺めた場合、随分と論理が粗雑である様にも感じた。嘘は言つてないんだらうけど、それとそれを結び付けるの‥‥? とか、なんでそこだけクローズアップするかな? とか、そんなのが色々とある。一年前に大騒ぎした「シューティングゲームにおける戦闘美少女の歴史」関連ほどではないが、ある種それに似た種類のモヤモヤが。とりあへず「昭和二十八年生れの著者の視点による昭和・平成文化史」として捉へておくものとしたい。

それにしても、これほど扇情的な書名をつけ、帯の惹句に「小泉劇場」と例を挙げておきながら、あの「感動した!」発言について本文中で一切触れられてゐないのはどうしたことか。時代が醸成した気分が「感動」の大安売りとなつて顕れたそのひとつの象徴としての小泉発言を採上げないのは、わざとだとしたら意味が分らないし、忘れてゐたのだとするとそれこそ前段で挙げたワシの疑問を象徴的に顕してゐると思ふ。随筆としては読めるけれども、論としては随分と精度が低い。

表紙の帯とAmazonの商品説明だけを読めば本書の内容としては十分で、それ以上の理解や情報を得られる訣ではないので、読んで損したとまでは思はないけれど、他に思ふこともないかな。

2007年03月01日木曜日

[][][][]神様ゲームシリーズ(宮崎柊羽,角川スニーカー文庫)

最近まとめて読んだ訣ではなくて新刊が出るたびに真先に読んでる。一巻の感想を読み返したら微妙なことしか書いてなかつたんで、改めてシリーズの感想を書きたくなつた。

二巻目を読んで、「化けた」と思つたんだな。といふか、一巻の時点で感じた微妙なモヤモヤ感が解消された訣ではないのだが、二巻でも同じだつたことで却つて「ああ、そのモヤモヤ感こそが肝なのだな」と腑に落ちた。単発の話としては「何これ」で終るところが、同じパターンの繰返しならば「さういふ作品」と認められる様になると。こんな例で説明するのも何だが、アニメ版「ギャラクシーエンジェル」のどれか一話分だけ採上げて何か言つても仕方ないのと似た感じか。違ふか。

もう少しちやんとした説明を試みよう。巻ごとに「かのう様」に関係する「ゲーム」が与へられ、主人公である多加良たち生徒会役員が毎度不本意ながらそれを解決するのが本筋で、それとは別に多加良にはかのう様から個人的に与へられた別のゲームが常にタスクとして動いてゐる。そして、巻ごとに新たに与へられるゲームも常に多加良の個人的なゲームと関係してゐるといふのが基本的な物語構造。

一巻の時点ではその二重構造の意味が分らなかつた(なぜ二重構造なのか、それに何の意味があるのか)ためにそれぞれがそれぞれに自分探しをしてゐて、それぞれ勝手に癒されておしまひといふ感想しか抱けなかつたが、少なくとも一方のゲームの存在とルールが既知のものとしてある状況で新たなゲームが積み重ねられる二巻以降では随分読み易くなつたといふことだ。さうなると俄然面白くなつた。たぶん、これからまた一巻を読返したら印象も変るだらう。

現時点で最新の五巻目に至つてはいつもの「多加良のゲーム」「かのうのゲーム」に「生徒会長選」を加へた三重構造にまでなつてゐるが、それできちんと話になつてゐる。まあ、全巻通じて個々のゲームの「落し方」自体に見るべき点はなく、そもそも「ゲーム」とはあくまで話をウェットに転がすための方便にすぎない以上「ゲーム小説」を期待して読んでも肩透しを喰ふだけなのでそこだけは注意。

キャラ描写も磨きがかかつて、特に羽黒が可愛くて仕方が無い。最初は取つてつけた様なキャラだと思つてゐたら三巻・四巻では鬱展開の中心人物にまでなつてしまひ、目が離せなくなつた。

ラノベとして真当に面白く、話もちやんと核心に向つて進んでゐる様でもあるし、今は新刊が楽しみないくつかのシリーズの一つになつてゐる。

2007年02月09日金曜日

[][][][][]ガーゴイルおるたなてぃぶ(2)(田口仙年堂,ファミ通文庫)

一冊目について書かなかつたので概要を書いておくと、「吉永さん家のガーゴイル」に登場する錬金術師・東宮天祢の姪ひかるを主人公にした外伝的ストーリー。本編で登場した「古科学」といふ勢力と錬金術とのバトルがメイン。

本編とこちらの両方に出演してゐるのは今のところ前述の天祢の他にはヒッシャム、高原喜一郎、そしていつぞやの本編口絵で梨々にひどい目に遭はされたのがカンジといふキャラであることがこの二巻で判明。あと高原イヨが二巻口絵に登場してゐるのはカウントしたものか。本編の被造物たち、そして何より吉永家の面々は未登場。

出版社による「ハートフル」といふ宣伝文句に自ら縛られすぎな気がしつつある「ガーゴイル」本編と比べると、こちらの方が伸び伸び描かれてゐて気持いい。

一方でg:book:id:yms-zun:20061030にも書いた様に主題が被りすぎてゐる感は更に強まつたかな。それぞれの「色」が無い訣ではないから無用な心配ではあると思ふが。

どうでもいい話。カラー口絵のメイド連中とダンス教室の女性は全部「世界樹の迷宮」のキャラなので注意してみるとよい。

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