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読書ノート

2016-03-06

p.91

『ザ・フェデラリスト』(…)を読んで強く印象づけられるのは、アメリカ合衆国憲法案をアメリカに固有の価値の表現たらしめるべく、この三人が並々ならぬ苦心を払つてゐるといふ事である。

[照屋佳男「社会の再発見と社会の防衛」p.91]


ISBN:9784905978749

2016-02-19

pp.30-2

 思想の感情からの離反、(…)観点を少し変へると、(…)感情がその本領を発揮して然るべき領域に思想が侵入してその領域の支配者となり、感情を思想に隷従させるといふ事でもある。(…)

 問題は、本来見えて然るべき数多くの普通のものが、(…)感情の思想への隷従によって、見えなくなるといふところにある。(…)

普通の人、名もなき「常民」に具わつてゐたものが見えてゐたといふその事は、我々に彼(柳田國男)の感情の鍛練を十分に推知せしめるのである。思想による感情の侵蝕を許す人は、偉大な思想の道を歩むのを誇りにする事も出来よう。しかしさういふ人には、「常民」に具わつてゐるものが見えないのである。

[照屋佳男「社会の再発見と社会の防衛」pp.30-2]


ISBN:9784905978749

p.28

 関係性の重視、そしてさういふ姿勢への共感は、感情の鍛練を経てゐる者にはごく自然に起るところのものであり、実際、鍛へられた感情は、我々と森羅万象との間に関係を生ぜしめる原動力の役割を果す。そして関係性の創出を第一の働きとする鍛へられた感情は、思想との間にダイナミックな関係をも生起せしめるのである。「ダイナミックな関係」と言ふのは、鍛へられた感情と、それと矛盾しない思想との関係だからである。これとは対照的に、鍛へられた感情と絶縁した思想は、まさに独り歩きを特徴とするのであり、その独り歩きから導き出される仮説は、我々の共通感覚にひどく悖反したものとならざるを得ない。

[照屋佳男「社会の再発見と社会の防衛」p.28]


ISBN:9784905978749