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読書ノート

2018-03-03

pp.78-9,190

他の多くの社会科学や人文学の分野では(…)経済学でしばしば起こるような、大学院生が年長者の研究者に対して異議を唱えることによって大いに恩恵を得ることなどは、本当にまれなことであろう。しかし、モデルを用いることによって間違いをはっきりと強調することができるために、経済学では誰でもそれができるのだ。

(…)

 このような学問的見解に関する外見上の民主主義には、有益でない別の側面もある。経済学者は言語と手法を共有しているために、非経済学者による見解を軽視もしくは非難する傾向にある。経済学の討論に関わるルールに従う気がないと――あなたのモデルは何か?実証的証拠はどこにあるのか?と聞くだけで――経済学への批判が真剣に取り上げられることはない。学会の正式メンバーだけが、経済論戦の正統な参加者と見なされているからだ。経済学が内部からの批判には過敏に反応し、外部からの批判には過剰に攻撃的になるという逆説が生まれるのもそのためである。

(…)


経済学者でない人への十戒

(…)

七 経済学者は演習室と世論の前では言うことが違うことに気をつけよ。

[ダニ・ロドリック『エコノミクス・ルール 憂鬱な科学の功罪』柴山桂太・大川良文訳 pp.78-9,190]


ISBN:9784560095980

2018-03-02

p.103

資本が制約された経済における投資は、外国で働く労働者からの送金や外国資本の流入に大きく刺激される。同様の流入は、収益が制約された経済では、投資以上に消費を刺激するだろう。

[ダニ・ロドリック『エコノミクス・ルール 憂鬱な科学の功罪』柴山桂太・大川良文訳 p.103]

ISBN:9784560095980


p.101

 コロンビア大学の経済学者ドナルド・デイヴィスとデイヴィッド・ウェインステインは、第二次大戦期のアメリカ軍による日本の都市爆撃に注目し、都市の成長を二つのモデルで検証した。一つのモデルは規模の経済*1に(…)もう一つは地理的優位性*2に根ざしたものだった。爆撃は(…)激しく破壊された都市が抑鬱にあるままなのか、元の状態に戻っているのかを検証する自然な方法を作り出した。規模の経済に基づくモデルは、規模が急激に縮小した後は回復せず、地理的優位性モデルはそうではないと予測した。デイヴィスとウェインステインは、後者のモデルに基づいて、ほとんどの日本の都市が十年半以内に戦前の規模に戻ったことを見出した16

[ダニ・ロドリック『エコノミクス・ルール 憂鬱な科学の功罪』柴山桂太・大川良文訳 p.101]

ISBN:9784560095980


p.100

今までのフィールド実験によると、マイクロファイナンス*3は貧困削減に目立った効果がない14。この結果は、開発政策の研究者達の誇大宣伝とは鋭い対比をなす。これは、金融アクセスの欠如が、貧困家計が直面する最重要の制約だと提案するモデルに冷や水を浴びせている。

[ダニ・ロドリック『エコノミクス・ルール 憂鬱な科学の功罪』柴山桂太・大川良文訳 p.100]

ISBN:9784560095980


p.92

 モデルには、しばしば重要だが述べられていない仮定が存在する。それらの仮定を注意深く調べるのに失敗すると、実践においてひどい問題が生じることになる。

[ダニ・ロドリック『エコノミクス・ルール 憂鬱な科学の功罪』柴山桂太・大川良文訳 p.92]

ISBN:9784560095980


p.82

実証的な分析と規範的な分析――それぞれが何であり、何であるべきかの探究――は深く結びついている。

[ダニ・ロドリック『エコノミクス・ルール 憂鬱な科学の功罪』柴山桂太・大川良文訳 p.82]

ISBN:9784560095980

*1(都市の密度が上がるほど生産費用が低下する)

*2(天然の港へのアクセスなど)

*3:――典型としては女性や女性集団に少額融資を提供する――

2018-03-01

p.70

経済主体の行動が、費用―便益を考慮した結果ではなく、社会的な行動規範暗黙のルール――経験則――によって引き起こされる場合、これまでの標準的な結論の多くはもはや通用しなくなる。ほんの二つほど例を挙げると、サンク・コスト*1の非妥当性や金銭的コストと機会費用*2の等価性は、完全には合理的でない場合には成立しない。

[ダニ・ロドリック『エコノミクス・ルール 憂鬱な科学の功罪』柴山桂太・大川良文訳 p.70]


ISBN:9784560095980

pp.65-6

モデルを生み出す思考方法には帰納的な要素が多く含まれている。そして、モデルは特定の経験的事実を説明するために具体的に考案されたもので(…)それ自身が最初に理論を構築する動機になったものであるため、その理論を検証するために用いることができないのだ。

 さらに、演繹的な仮説検証アプローチに正しく従ったものでさえ、経済学者が生み出した研究の多くは、厳密に言うと実際に検証可能ではない。(…)多くの学術活動が、様々なモデルに対して実証的な支持を与えることを目的として行われている。(…)その結果、専門家の人気を集めるモデルの変遷は、事実の存在そのものよりも、一時的なブーム流行、あるいは適切なモデル構築のやり方についての嗜好の変化によって起こる傾向にある。

(…)経済学では、状況がすべてなのだ。

[ダニ・ロドリック『エコノミクス・ルール 憂鬱な科学の功罪』柴山桂太・大川良文訳 pp.65-6]


ISBN:9784560095980

pp.48-52

 厚生経済学の第一定理という仰々しいタイトルをつけられた定理は、(…)前章で述べた「完全競争市場モデル」*3の基本的な意味合いを示す数学命題に過ぎない。(…)競争市場経済は効率的で(…)仮定の下では、市場経済はすべての経済体制の中で最大の経済的成果を実現できる(…)このような効率性の定義*4は、公平さやその他の実現可能な社会的価値には全く注意を払っていないことに注意してほしい。(…)

今日、われわれが市場と聞いてすぐに効率性を連想するのは(…)二世紀以上にわたって市場経済と資本主義の便益について教え込まれたことが大きい。(…)

 厚生経済学の第一定理は、見えざる手の定理として経済学者の間で広く知られている。(…)

全くの仮想世界について考えられたものであり、現実の市場がそうであるといっているわけではない

[ダニ・ロドリック『エコノミクス・ルール 憂鬱な科学の功罪』柴山桂太・大川良文訳 pp.48-52]

ISBN:9784560095980

*1(すでに払われており取り戻すことのできない費用)

*2(実行されなかった選択肢がもたらす価値)

*3:「おなじみの供給―需要モデル(…)この人工世界は、経済学者が「完全競争市場」と呼ぶもので、消費者と生産者が無数にいる。全員が経済的利益を追及しており、誰も市場価格に影響を与えることができない。このモデルはたくさんのことを捨象している。(…)しかし、このモデルは現実の市場経済の単純な働きを解明してくれる」(p.20)

*4:――イタリアの博学者であるヴィルフレド・パレートに因んでパレート効率性と呼ばれる――