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読書ノート

2013-10-08

p.47#c

普遍主義は,「重心」が我々の内側にではなく外側に位置づけられた場合に猛威を振ふのであるから,我々が「重心」を我々の内側に,我が国の内部に置く事に成功したとしたら,我々は,グローバリゼーションをはじめとする様々な普遍主義の適切な批判を可能ならしめる,拠って立つべき地盤を得た事になる。

[照屋佳男「〈特殊〉の存在理由 」『ソシオサイエンス』Vol.9 p.47]


ISSN:1345-8116

p.47#b

 「重心」を我々の内側から外側へ移すのを主たる特徴にする学説や運動は,一般に胡散臭いものだが,今あるやうなグローバリゼーションも「重心」を我々の内側から外側へ移さうとするのを際立つた特徴にしてゐる点で,いかがはしいと言へる。

[照屋佳男「〈特殊〉の存在理由 」『ソシオサイエンス』Vol.9 p.47]

ISSN:1345-8116

p.47#a

〈特殊〉が「重心」に重なるものとして,内面に位置づけられ,その内面性が意味あるものとして自覚されてゐる限り,〈特殊〉がその存在理由を失ふ事はない。

[照屋佳男「〈特殊〉の存在理由 」『ソシオサイエンス』Vol.9 p.47 ]


ISSN:1345-8116

p.46#b

ところで,もしも今日(けふ)といふ時を没却し,従って内面性と共に〈特殊〉も没却した場合には,未来や過去に「重心」を置くのが必然と化し,それによって,壮大な理論の体系を築き,多数の人々を多年に亙って誘惑し続けるのがいとも容易になる。(…)

 今日(けふ)といふ時に「重心」を置く事は,過去において「今日」といふ時を十全に生きてゐた人々に向き合ふ際に不可欠の条件となる。我々が古典といふ名の極めて良質の過去と向き合へるのは,我々が今日といふ時に「重心」を置き,内面の生を十全に保ち得てゐる場合に限られるであらう。

(…)

 今日(けふ)の時を我々の内面に回復する事。それは,時が我々の外側にではなく,内側に流れてゐるといふ事を自覚する事に他ならない。

[照屋佳男「〈特殊〉の存在理由 」『ソシオサイエンス』Vol.9 p.46]


ISSN:1345-8116

p.46#a

 翻って考へてみると,我々は時間に関しても,「重心」を今日(けふ)といふ〈特殊〉を本質とする時に置く事によってはじめて,過去との間に具体的普遍と称せられるべき潑剌とした関係を打ち樹て,同じく具体的普遍と称せらるべき的確なイメージや展望を未来に関して得る事が出来ると言へる。今日といふ時を十全に生きる事によつてはじめて,過去が生き生きと蘇るのを感じ,未来に対しても肯定的な気持で臨む事が出来るやうになるとさへ言へる。今日といふ時に「重心」を置き,この特殊な時を十全に生きる事を条件としない,いかなる過去像や未来像も,たとへそれがどのやうに壮大な体系の産物であらうとも,空疎であると同時に,危険である事を免れない。

[照屋佳男「〈特殊〉の存在理由 」『ソシオサイエンス』Vol.9 p.46]


ISSN:1345-8116

p.45

和辻*1は,ヘルダーに即して,風土的を特殊的と解して,(…)風土といふ名の〈特殊〉に根底的に規定された「生ける者」は,「人道」(…)といふ具体的普遍を目指すとするヘルダーの見方に言及してゐる。 斥けられるべきは,いきなり普遍主義から,即ち「種々の小面倒な学問や綱渡り的な技術を発達させる(42)といふ形での普遍主義から,出発する事なのだ。

[照屋佳男「〈特殊〉の存在理由 」『ソシオサイエンス』Vol.9 p.45]

ISSN:1345-8116

p.44#b

それは日本人の感性や直感が丁寧に育成して来たところの闇である。〈特殊〉の刻印を捺されて存在する闇である。さういふ闇であるからこそ,闇を有するか有しないかは,決定的に重要な意味を帯びる事となるのだ。

[照屋佳男「〈特殊〉の存在理由 」『ソシオサイエンス』Vol.9 p.44]

ISSN:1345-8116

p.44#a

荷風の見るところでは,「人権問題の福音を強いようと急り立ってゐる」政治家や新聞記者は,(…)内面の合理化,近代化に「急り立ってゐる」人々,即ち,どのやうに外形を美しく飾らうとも,「重心」の代りに「焦燥」(…)を抱いてゐる人々

[照屋佳男「〈特殊〉の存在理由 」『ソシオサイエンス』Vol.9 p.44]


ISSN:1345-8116

p.43#b

彼らが江戸の専制時代から遺伝し(きた)つたかくの如き果敢(はか)ない裏淋しい(あきら)めの精神修養が漸次新時代の教育その他のために消滅し, (いたづら)に覚醒と反抗の新空気に触れるに至ったならば,わたしはその時こそ真に下層社会の悲惨な生活が開始せられるのだ。そして政治家と新聞記者とが十分に私欲を満す時が来るのだと信じてゐる(34)。 (永井荷風)

[照屋佳男「〈特殊〉の存在理由 」『ソシオサイエンス』Vol.9 p.43]

ISSN:1345-8116

p.43#a

我々は非衛生分子を大切に保存しようと決意しさへする。「西洋人は垢を根こそぎ(あば)き立て取り除かうとするのに反し,東洋人はそれを大切に保存して,そのまま美化する(33)*2のである。 「垢」を大切に保存するといふのは,己れの内部の非合理主義的なものの肯定を含意してゐるのであり,さういふ〈特殊〉の肯定と美の創造とは,切り離され得ない関係にある。

[照屋佳男「〈特殊〉の存在理由 」『ソシオサイエンス』Vol.9 p.36]


ISSN:1345-8116

p.41

無気力で沈滞した世代も,それに先立つ力強い時代の精神的資本のおかげでなほ当分の間食ひつないでゆけるものである。(…)何よりも,ある特別の精神から生まれた過去の業績・作品・制度がなほ一定期間その精神を維持・再生してゆく力をもつてゐる,といふことである。 (Rudolf von Jhering)

 我々もまた末期ローマ世界の人々のやうに我々に先立つ力強い時代の精神的資本を食ひつないで来たやうなものだが,今やその精神的資本は蕩尽されやうとしてゐる。そこに我々の時代の無気力,沈滞の一因を見出すのは,不当ではないだらう。

[照屋佳男「〈特殊〉の存在理由 」『ソシオサイエンス』Vol.9 p.41]

ISSN:1345-8116

pp.40-1

「専制者は,木を倒すにはどこに手を着ければよいかを心得てゐる。(…)」 (Rudolf von Jhering)

[照屋佳男「〈特殊〉の存在理由 」『ソシオサイエンス』Vol.9 pp.40-1]


ISSN:1345-8116

p.40

イェーリング*3が繰り返し,利害問題といふ視点ではなくて,侵害され傷つけられた人格,権利感覚といふ視点を持つ事の重要性に言及してゐる事を我々は片時も忘れてはならない。

[照屋佳男「〈特殊〉の存在理由 」『ソシオサイエンス』Vol.9 p.40]


ISSN:1345-8116

p.37

保田に代ってもう少しはっきり言ふと,正義も秩序も,日本国の〈特殊〉とは無縁に,国際社会にしか存しないから,国際社会に「重心」を置いて平和を求めなければならない,といふ事で,問題は,国際社会といふ外在的なものが正義,秩序,そして真理の存在根拠であるから,そこに「重心」を置くべきであるとする思想,即ち啓蒙思想を母体とする思想が唯一絶対のものとされてゐるところにある。

(…)

 要するに世界に文明の理念はたゞ一つしかないといふ軽卒な考へ方に立脚し「近代」の考へ方を唯一のものとして考へた思想の表現です。これは実に困ったことですが,結局は事大主義の現れなのであります。(保田與重郎)

[照屋佳男「〈特殊〉の存在理由 」『ソシオサイエンス』Vol.9 p.37]


ISSN:1345-8116

pp.36-7

保田與重郎は(…)「(…)今日の日本主義の頽廃は以前のマルクス主義の頽廃と同一面と同一方法によってゐる(5)」と。(…)それは「重心」が日本国の外に置かれる事によって,知性がいはば「植民地の知性」となってゐたからである。文明開化の論理そのものに由来するこの「植民地の知性」,即ち「重心」が日本国の外に置かれるといふ抜き難い性質を有するこの知性は,保田に言はせると「附焼刃」であり,西郷南洲に言はせると「策略」である。

[照屋佳男「〈特殊〉の存在理由 」『ソシオサイエンス』Vol.9 pp.36-7]


ISSN:1345-8116

p.36

 ヘルダー*4のやうに固有の幸福を最重要視する(…)彼,或いは彼女が,例へば,我が日本国民は,全体として固有の幸福感を味はつてゐるとは言い難い,その幸福感を妨げてゐるのは,何であるか,と問ふのは必至であらう。妨げとなってゐるのは,文明開化以来,我が国で思想の代名詞となってゐる啓蒙思想の支配力の強さであると言ってよいが,(…)一産物として身近に具体的な形で日本国憲法を有してゐる,と注意を喚起するのは,無駄ではなからう。(…)日本国憲法は,必ずしも押し付けられたものではない。なぜなら,文明開化以来,啓蒙思想の産物として我が国の知識層の間に猛威を振ったものの中には,単にマルクス主義やマルクス主義文芸(プロレタリア文学)だけでなく「日本主義」もあったからで,大東亜戦争中幅を利かせたこの「日本主義」なるものは,日本に固有のものとは殆ど関係がなく,寧ろ,保田與重郎が説いてゐるやうに,文明開化の頽廃した形態と看做し得る底のものであり,(…)戦時中,「知性の保身術」として役立つただけでなく,戦後も,憲法擁護が唱へられる際に,大いに役立つたと言へる。

 「重心」を日本国内に置く事をしない啓蒙思想的思考が,戦前戦後を通じて,「知性の保身術」として,機能したのである。

[照屋佳男「〈特殊〉の存在理由 」『ソシオサイエンス』Vol.9 p.36]


ISSN:1345-8116

p.35

「グローバリゼーションは今日,機能してゐない。世界の貧困層の多くにとって機能してゐないし,自然環境の多くの分野においても機能してゐない。また,グローバル経済の安定のためにも機能してゐない。 (中略) 所得が激減するとともに貧困が増大してゐる(1)」 (Joseph E.Stiglitz)

(…)

(1)Joseph E.Stiglitz, New York:W.W.Norton&Company, 2002, p.214.『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』鈴木主税訳 徳間書店 2002年 305頁。(p.48)

[照屋佳男「〈特殊〉の存在理由 」『ソシオサイエンス』Vol.9 p.35]

ISSN:1345-8116

*1和辻哲郎

*2谷崎潤一郎

*3:「ドイツの法学者イェーリング(Rudolf von Jhering)」(p.39)

*4:(Johann Gottfried Herder)