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読書ノート

2017-04-30

p.84#b

日本には中国のような宦官(かんがん)の制度はない。これは、去勢の技術が牧畜民のものであることと関係していよう。

[吉田孝『歴史のなかの天皇』p.84#b]

ISBN:9784004309871


p.84#a

 かつてヤマト朝廷の時代には、大王一代ごとに宮をつくり、大后をはじめキサキたち、王子たちも、それぞれ自分の宮をもった。

[吉田孝『歴史のなかの天皇』p.84#a]

ISBN:9784004309871


p.82

摂政は、天皇の役割のすべてを代理することはできなかったことにも注目したい。幼帝であっても(…)天皇みずからが行なう行事は多かった。たとえば、即位式、大嘗会(だいじょうえ)(大嘗祭)、諸社行幸節会(せちえ)は、幼帝の参加によって初めて成立した。

(…)摂政の時代の天皇は、極限的な形で、なにが天皇の本質であるかを示している。

[吉田孝『歴史のなかの天皇』p.82]

ISBN:9784004309871


p.80#b

 八世紀はじめまでは、即位式や正月朝賀での天皇の服装は「帛衣(はくい)*1であったが、平安時代、嵯峨天皇の八二〇年(弘仁一一)、中国風のきらびやかな「礼服(らいふく)袞衣(こんえ)・「礼冠(らいかん)冕冠(べんかん)に変わる*2。ただし祭祀のさいの天皇の帛衣は依然としてつづくことにも注目したい。

[吉田孝『歴史のなかの天皇』p.80#b]

ISBN:9784004309871


p.80#a

 かつてヤマト朝廷では、大王の没後、新しい大王の即位までは、大王不在の空白期間があるのが通例であった。しかし新しい践祚の制度は、天皇の死去または譲位の即日に行うのを原則とした。とくに「譲位」と「践祚」が一体化した「譲国践祚(じょうこくせんそ)の儀」が成立すると、皇位の空白はほとんどなくなった。

[吉田孝『歴史のなかの天皇』p.80#a]

ISBN:9784004309871


pp.73-4

革命思想が、奈良時代の日本にも少しずつ浸透し、不完全な形ではあるが、政治的事件に発展していく。その最初は、藤原仲麻呂(なかまろ)である。

(…)中国の制度を乱用して、(…)儒教をたくみに利用(…)さらには天皇のもつ貨幣発行の特権を、みずからの手ににぎる。没落する寸前には、勝手に新しい天皇を擁立(ようりつ)し、自分の子たちに「三品(さんぽん)*3を授けた。(…)

仲麻呂が皇位につけた淳仁(じゅんにん)天皇

[吉田孝『歴史のなかの天皇』pp.73-4]

ISBN:9784004309871


pp.71-2

日本の伝統的なイエ制度の特質は、「イエ」が広義の企業体であることに求められるが、その源流となったのは、大宝律令の公的な「家」と「養子」の制度であった。ただし、(…)のちのイエのようにそれ自体として継承されていく社会的な単位には、まだなっていないことにも注目したい。

[吉田孝『歴史のなかの天皇』pp.71-2]

ISBN:9784004309871

*1(白一色の衣)

*2(以後江戸時代までつづく)

*3(親王の位階)

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2017-04-26

pp.62-3

 大宝律令を施行する(…)

宣命の文体でまず注目されるのは、(…)天皇の命令を読みあげ、みんなよく聞け、と命じていることである。(…)

 かつて邪馬台国(やまたいこく)の卑弥呼は、直接人びとに語りかけることはなく、その命令は近侍する一人の男子によってつたえられた。(…)

 なお人びとに直接には語りかけないという宣命の文体は、明治天皇の即位宣命まで生きつづける。

[吉田孝『歴史のなかの天皇』pp.62-3]


ISBN:9784004309871

p.61#b

日本の律令は、(…)学令(がくりょう)が規定する大学の教科書から、唐令にある老子(ろうし)』は削除されている。なお、唐令に『老子』があるのは、唐の皇帝の姓が老子と同じ「李」で、老子を皇帝の祖先としていたからである。

 教団道教を排除した日本の律令は、仏教を重視した。(…)仏教はインドを源流とし、日本が中国から宗教的に自立する拠点となった

[吉田孝『歴史のなかの天皇』p.61#b]

ISBN:9784004309871

p.60

賜姓(しせい)」による臣籍(しんせき)降下が日常化し(…)

政治的地位・職掌と関連していたウヂ名・カバネを継承した「姓」が((…))、自動的・事務的に一律継承され、しかも社会規範*3と無縁で(…)現実の社会生活にそくした「名字(みょうじ)苗字(みょうじ)発生し、「姓」と「名字」が重層化していく

[吉田孝『歴史のなかの天皇』p.60]

ISBN:9784004309871

pp.58-9

 女帝の規定は、興味深い問題をふくむ。一つは「女帝」の表記(…)

もう一つは、日本の律令は、女性に「男性とは関係ない独自の地位」を規定していることである。たとえば位階も、夫に関係なく、女性独自に授与され、三位以上の貴族に付される「家」(家政機関)も、女性は独自にもつ*4

(…)中国では、皇帝と皇后は一体であり、皇后の宮や役所を独立には置かないが、日本では、天皇と皇后はそれぞれ独立のものとして、皇后の宮や役所が、独立に置かれる*5

 「皇太子」の地位は、唐の律令より低い。(…)唐の律令では皇太子が皇后の上位にあるが、日本律令では逆に皇后が皇太子の上位にある*6

[吉田孝『歴史のなかの天皇』pp.58-9]


ISBN:9784004309871

pp.57-8

唐律令と異なり日本律令は「女帝」を一般的に規定し(…)

「女帝の子も親王とする」規定をわざわざ書き加えている。(…)この規定は女帝が先帝でない配偶者をもつ場合に意味をもつ。(…)日本の律令は「諸王(しょおう)(皇帝の孫以下の皇親)を配偶者とする女帝((…))を規定している。しかも大宝令の注釈書は、女帝と結婚した諸王は、「諸王」のままとする。

[吉田孝『歴史のなかの天皇』pp.57-8]

ISBN:9784004309871

pp.56-7

 まず律令全体の特色として、中国では、実際に王朝(君主の血統)の交替が何度もあったから、律令もまた、それをやむをえないものとしてつくられているのに対して、日本律令は、王朝交替はないものとしている。それは中国の正史(せいし)((…))が、王朝の交替を前提としているのに対して、日本の「記紀」が王朝交替はないものとしているのと共通する。(…)

 唐律はきわめて高度な体系的な法典であった*7。したがって日本律令を制定するさい、大幅に書き変えることはむずかしく、唐律をほとんどそのまま継承し、(…)

「天皇」を加えた(…)

 皇族についての規定で、まず注目されるのは、太上(だいじょう)天皇」と「女帝(じょてい)」についての規定新しく付加していることである。

[吉田孝『歴史のなかの天皇』pp.56-7]

ISBN:9784004309871

p.55

 皇帝の権力は本来、律令を超越する絶対性をもつ。(…)

 日本の律令も、君主のありかたを直接規定していない(天皇位の継承、天皇の権力についての明文の規定は、明治憲法が最初である)。しかし中国の律令が、皇帝権力と貴族勢力とのきびしい緊張関係の上に存在していたのに比べ、(…)

天皇と畿内豪族は、緊張関係というより、相互依存もたれあいの関係であった。

[吉田孝『歴史のなかの天皇』p.55]


ISBN:9784004309871

p.54

 日本が体系的な『律令』を編纂したのは、推古朝以来、中国王朝の冊封をうけなかったことと、密接に関係している。『律令』法典は、「王」を臣下とする「天子・皇帝」の定める帝国法であったから、中国王朝から「王」に冊封されていた高句麗・百済・新羅は、体系的な『律令』法典を編纂することはなかった

[吉田孝『歴史のなかの天皇』p.54]

ISBN:9784004309871

p.53

 大海人が近江朝廷に反乱をおこしたとき、(…)兵士たちは、衣に赤い布をつけ、旗にも赤色を用いたとつたえられる。(…)劉邦(りゅうほう)の反乱軍が、赤い旗幟(きし)を用いたのにならったという。

[吉田孝『歴史のなかの天皇』p.53]

ISBN:9784004309871

p.48

史料で確かめられる最初の「生前譲位」(…)は、朝廷の大臣・大連ら群臣の推戴(すいたい)によってではなく、(…)皇親の独自の意志によって皇位継承が行われた点で、画期的な出来事であった。

 これ以後、有力な豪族・権力者の意向によって、皇位継承が「事実上」左右されることはあっても、「制度的」には(慣習法をふくむ広義の制度)、王権の意志によって皇位継承が行われる。

(…)つたえられた「乙巳の変の物語」は、①天皇の地位は「血統」が基本であること、②天皇の地位は豪族から独立した、天皇一族の意志にもとづく「譲位」によること、の二つの点を明示している。この「血統」と「譲位」の二点は、その後の天皇制度の基本となる。

[吉田孝『歴史のなかの天皇』p.48]

ISBN:9784004309871

p.23

ヤマトの倭王だけが前方後円(方)墳をつくったのではなく、倭王を共立した各地の族長もつくっていることに注目したい。倭王と族長たちは、規模の差こそあれ、基本的性格として同質の要素があったのである。

[吉田孝『歴史のなかの天皇』p.23]

ISBN:9784004309871

p.21

 なお、『魏志』の東夷(とうい)伝(…)には「天を祭る」記述がたくさんみえるが、弁辰(べんしん)(朝鮮半島の南端)と倭には「祭天」の記事がない。祭天は北方アジア系、アルタイ系遊牧民文化の天崇拝につらなる。倭の文化は古代の中国南部、朝鮮半島南端と類似していたらしい。

[吉田孝『歴史のなかの天皇』p.21]

ISBN:9784004309871

*1(元旦など重大な儀式の服)

*2(皇太子以下には中国的な礼服を規定する)

*3(たとえば中国のような同姓不婚)

*4(たとえば、長屋(ながや)王家(おうけ)とその妻の吉備(きび)内親王家(ないしんのうけ)は、別々に並立していることが木簡(もっかん)で知られる)

*5(皇子などもそれぞれ独立の宮をもつ)

*6(職員令の配列、公式令平出(へいしゅつ)条など)

*7(よくローマ法と対比される)

2017-04-21

p.206

神社祭祀において、「ヒメ」神を合祀する動きは七世紀末ごろに始まり、(…)「ヒメ」神を合祀(ごうし)することによって、本来は性別のなかったはずの自然神が、男性名を帯びた人格神として確立していくことになります。

[義江明子『古代女性史への招待 〈妹の力〉を超えて』p.206]


ISBN:9784642079372

p.203

古代の王族は、もともとは女も男も同じく「ミコ」(御子・王)と呼ばれていました。(…)男女で異なる称号が設定されるのは、七世紀末~八世紀初の律令国家体制確立期です。(…)律令国家体制以前には、男女の「ミコ」が「ミコの宮」を経営して、それを基盤に政治的・経済的力を発揮していましたから、(…)称号における「差異」は、権力における男女の非対称性の設定を明示しているのです。

 ただし、(…)「天皇」という称号には男女の別はありません。天皇は法を制定する主体であり、天皇の地位は律令法を超越していました。(…)「天皇」=男、と制度的に定められるのは近代のことであり、これは、社会全体の新たなジェンダー編成と密接に結びついています。

[義江明子『古代女性史への招待 〈妹の力〉を超えて』p.203]


ISBN:9784642079372

pp.201-2

男女の性差を設定しそこに何らかの意味を与えていく社会的しくみ――ジェンダー――は、「差別」や「平等」という近代的概念だけではとらえきれないものであることがわかります。

(…)「差異」は本質的に非対称的な権力関係なのですが、実際には、しばしば「対称」的な(よそお)いで設定されるのです。

(…)「差異」がまとった「対称」的な装いを、実体としての男女「平等」と見てしまいがちだったのではないでしょうか。

[義江明子『古代女性史への招待 〈妹の力〉を超えて』pp.201-2]


ISBN:9784642079372

pp.194-5

 鹿島(かしま)神宮には、明治四年まで、物忌(ものいみ)といわれる女性祭祀者がいました。(…)史実をみていくと、中世末までは通常の神職の一員であったものが、近世になって、男性神職者内部の権力争いの過程で、物忌のことさらな権威化がはかられていったことがわかります。近世は、一般的には女性不浄(ふじょう)観・女性蔑視(べっし)が社会に浸透し、女性を神仏の場から遠ざける女人禁制(にょにんきんせい)も各所にみられた時代です。(…)女人禁制と女性神秘化という、一見正反対にみえるものをつなぐ〝からくり〟

[義江明子『古代女性史への招待 〈妹の力〉を超えて』pp.194-5]


ISBN:9784642079372

pp.185-7

 古代の家をめぐる重層した帰属意識とは、(…)実は、どこにも安定した帰属感をもっていないということだったのではないでしょうか。つまり、帰るべき「家」(の背後にあるべき安定した家族関係)がないのです。

(…)古代における〝帰るべき家〟の欠如とは、(…)公と私の関係のなかでも見られるのです。

(…)日常生活の営まれる場全体を外から(なが)めた時には、その全体こそが、自分の帰属する場、心安らぐ場と考えられている(…)そもそも、公と私の関係、区別のありようが、現代の私たちの社会とは違うようなのです。

[義江明子『古代女性史への招待 〈妹の力〉を超えて』pp.185-7]


ISBN:9784642079372

p.166

日本古代は、東南アジア・環太平洋地域に広がる非父系の双系的社会の一つとしてとらえ直されています。(…)そこで明らかになった基層社会の実態は、父方母方双方の親族関係の中で、男女が生産労働に重要な役割を果たし、内在的に男女差を生み出す契機には乏しい、(…)一方、(…)対比する形で、中国の先進的支配体制を取り入れた、国家主導の父系・男権への傾斜も浮き彫りになりました。

[義江明子『古代女性史への招待 〈妹の力〉を超えて』p.166]


ISBN:9784642079372