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読書ノート

2018-05-21

pp.146-53

訪れた日の夕食は流しソーメン。玄関先には半分に割った青竹が組み立てられていた。

 十人弱の大人と、お(わん)と箸を手にした二十人ほどの子どもや青年たちがいた。(…)

子どもたちは総じておとなしやかだ。子ども同士が言い争うような場面はこの日、一度も目にしなかった。

 メニューにはソーメンのほかにオニギリとトリの唐揚げがあったが、トレイの上に余っていた。食べ盛りのはずなのに、誰も箸を出さない。大人たちに促されて、ようやくさばけた。「遠慮するんです。ケンカも滅多にない。ここに来る子たちには、そうしたエネルギーもない」。スタッフの一人がそう説明した。

(…)「一人でも世の中には信頼できる大人*1がいて、自分を受け止めてくれると分かると、それが自己肯定感になって、子どもは必ず元気になっていく。こちらからは何も聞かない。二年でも三年でも待つ」と強調した。

(…)

 流しソーメンの後、市販の花火で花火大会をした。子どもたちの表情に興奮の色は見えなかったが、あえて企画したのは「夏の夜にこうした遊びをするという世間の常識を知らないと(…)」という配慮からだという。

(…)東京・蒲田の繁華街にあった「らんがく舎」*2を思い出していた。

(…)スタッフの誰が言ったかはもう思い出せないが、「感動と縁を切りたい」という話*3が記憶に残っている。

(…)「(…)怖いのはね、支援って支配と紙一重だということ。これ以上、踏み込んではいけないという一線はきっとある」

(…)

 モノの貧しさには救いようがある。だが、現代の貧しさは人間関係の貧困だ。

[田原牧『人間の居場所』pp.146-53]


ISBN:9784087208917

p.141

女性がひとり親の家庭の平均年収は二〇一〇年に二百二十三万円(このうち、就労収入は百八十一万円(…)厚生労働省調べ)。(…)この額が「平均」だ

[田原牧『人間の居場所』p.141]

ISBN:9784087208917

pp.111-2

人生のままならなさに人が謙虚だったころ、社会には相互扶助のための各種の自治や自律があった。

[田原牧『人間の居場所』pp.111-2]

ISBN:9784087208917

pp.106-11

追放刑などで村や人別帳から外れた者たちが徒党を組み、表社会の外に一家組織を形成した。(…)

敗戦直後の混乱期には弱体化していた警察の代役を務め、(…)保守系の党人政治家たちのお抱え暴力装置となり、体制の一部に組み込まれた。

 だが、(…)治安維持も警察や自衛隊で完結できるようになり、自民党の党人派が官僚派の政治家に敗北するにつれ、その存在根拠は次第に薄まっていった。(…)

伝統的な利権は警察の天下り機関に奪われ、建設業などへの介入はこの市場に参入を狙う米国から「非関税障壁」の一部と見なされた。ヤクザ排除は米国政府からの要求でもあり、それを大きな要因として暴対法が登場してきたのである。

(…)「以前はヤクザが地元下請け業者の意を酌んでゼネコンに対してにらみを利かせていたが、それもなくなって、最近はゼネコンのやりたい放題が目立つ」(…)大企業には「警察の指導」で警察官OBが暴力団対策の専門家として再就職し、各都道府県には「暴力追放運動推進センター」や「社会復帰対策協議会」といった官製団体ができた。

[田原牧『人間の居場所』pp.106-11]


ISBN:9784087208917

*1:「守る側と守られる側、大人と子どもという無意識の峻別(…)保護し、導くという「K」を貫く空気が私の感じた「ざらつき」の正体だった」(p.150)

*2:「小学生や中学生の健常児と障害児が一緒に学ぶ塾で、二十代の東大OBの無党派活動家たちが運営していた」

*3:「「字がかけて一人前」という(…)その常識、健常者(多数派)優位の意識自体を放置して「共に生きる」などと言えるのか。結論として、有り体の感動(美談)に呑み込まれるなというような趣旨だった」