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読書ノート

2018-01-14

pp.162-81

降伏文書の受け入れから、七年後の一九五二年四月にいちおうの独立を回復するまで、日本政府や昭和天皇が自分だけの判断にもとづいて、何か重要な文書を作成したり、発表したりすることなどまったくなかったのだということ(…)

「占領」とは、現実の戦闘行為は終わっているものの、(…)法的に決着するまでは、(…)まだ「武器を使わない戦争」が続いている状態なわけですから、日本に決定権がないのは当然のことなのです。

(…)もっとも重要な文書が、日本国憲法であることはいうまでもありません。(…)

「日本国憲法の草案は、本当は日本人が書いた」というのは、

「戦争は、八月十五日に終わった」

 というのと同じ(…)

草案を書いたのは百パーセント、占領軍(GHQ)でした。何月何日に、誰がどの条文を、誰とどのように相談しながら書いたかまでわかっている。そこに日本人が書いた条文の話など、いっさい出てこないのです。

 しかもGHQは、憲法草案を執筆した九ヵ月後の一九四六年一一月二五日、

「GHQが憲法草案を書いたことに対する批判といっさいの言及

を検閲の対象として、メディアで報じたり、手紙に書くことをすべて禁じました。

(…)憲法9条や憲法前文について少しでも論じようとするなら、それらの条文が、(…)それぞれどこにルーツをもっているかについて、まず調べる必要があります。

(…)「戦後世界」(…)のすべてのスタート地点となった「大西洋憲章」は、日本ではあまり知られていませんが、非常に重要な文書なのです。

(…)大西洋憲章の理念を(…)具体的な条文にしたのが、国連憲章の原案である「ダンバートン・オークス提案」でした。(…)安全保障は国連軍を中心に行い、米英ソ中という四大国以外の一般国は、基本的に独自の交戦権は持たないという、戦後世界の大原則が定められました(第8章・12章)

 これはまさしく日本国憲法9条そのものなんですね。(…)

日本国憲法は国連軍の存在を前提に、自国の武力も交戦権も放棄したということです。

(…)

 ところが現実は(…)この段階で想定されていたような正規の国連軍は、ついに一度も編成されることはありませんでした。(…)いくつかの例外条項が、朝鮮戦争をきっかけに猛威を振るい始め、現在まで続く戦争の絶えない「戦後世界」が出現してしまったのです。

(…)

 そもそも「平和を愛する諸国民」という言葉は、(…)「大西洋憲章」の第8項に登場し(…)

米英の基本的な世界観がはっきりと示されているのです。

[矢部宏治『知ってはいけない 隠された日本支配の構造』pp.162-81]

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ISBN:9784062884396