Hatena::Groupbook

読書ノート

2017-10-08

pp.282-6

言論や思想の自由はあっても、その言論や思想を生みだす精神は、何となく通俗という名の檻のなかに閉じこめられている。制度としての自由はあっても、どことなく人間は自由ではないのである。

 それは、もしかすると、権利としての自由がもっている限界なのかもしれない。(…)

政治的な自由や「権利としての自由」は、政治的なレベルでとらえることのできる程度の自由、あるいは、権利というレベルでとらえることのできる程度の自由(…)

政治的な課題としての自由や「権利としての自由」は、合理的な自由ではあっても、深い自由ではないのである。

(…)たとえば制度としての言論の自由はあっても、自由に思想を語りあえるような自由な関係がなければ、人間は言論の自由を手にしえない(…)

 近代社会は、とりあえず自由を、合理的な論理としてとらえた。しかしいま私たちは、合理的な論理だけではとらえられない自由の貴重さにもきづきはじめた。

[内山節『自由論——自然と人間のゆらぎの中で』pp.282-6]


ISBN:9784000286787