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読書ノート

2017-10-04

p.237

西欧近代社会は、これらの理念を普遍的な真理だと宣言した。そして、その結果として、西欧社会が解釈した自由、平等、友愛の理念が、社会の統治原理になり、ついには全世界の支配原理として示された。

(…)そして、このかたちを、マルクス、レーニン主義としての社会主義思想は、受けついだ。だから、社会主義思想が、人間を支配し、全世界を支配することを、歴史の進歩だと考えた。

[内山節『自由論——自然と人間のゆらぎの中で』p.237]


ISBN:9784000286787

pp.233-4

論争の背後には、経済の発展と人間の自由についての、マルクスと初期社会主義者との間の決定的な、とらえ方の相違があったのである。

(…)自由は経済発展がもたらすものではない。経済をも自由にコントロールできるような、協同の社会をつくることが重要だと、彼ら(初期社会主義者たち)は思っていたのである。(…)

人々の暮らしを豊かにするための経済発展は必要であっても、経済発展は絶対的なものではなく、ましてや、経済発展がなければ、自由な社会がつくれないというようには、思っていなかった。

(…)

 そして、後に社会主義思想の世界では、マルクスの理論がその中心に座るようになり、(…)

生まれたソ連の社会主義は、経済発展を最優先課題にすえ(…)アメリカの経済力に追いつき、追い越すことが目標にされ、よりすぐれた自由をめざすはずであった社会主義は、いつの間にか経済至上主義的な社会主義に変わっていた。

[内山節『自由論——自然と人間のゆらぎの中で』pp.233-4]


ISBN:9784000286787

p.225

 一般に、マルクス以降の社会主義思想に対して、それ以前のものを初期社会主義思想という。(…)初期社会主義思想は、社会主義的な自由で平等な社会とは理論がつくるものではなく、人間がつくるのだという(…)人間への信頼感がその基礎にあった。

(…)人間を「理想的」に管理しようとしたソ連以降の社会主義とは違って、(…)自由とは、自由な人間たちの能力を信ずることとともにあると、彼らは思っていたのである。

[内山節『自由論——自然と人間のゆらぎの中で』p.225]


ISBN:9784000286787

p.219

 日常の何でもない営みのなかにひそむ不自由を発見できた者は、新しい自由をもみつけだすことができる。ケインズもその一人であった。だから彼は、きわめて屈折したかたちで、ソ連に新しい自由が芽生えているかもしれないと感じたのである。もっとも、それが幻想であったことを、後のソ連は明らかにしてしまったが。

[内山節『自由論——自然と人間のゆらぎの中で』p.219]

ISBN:9784000286787

pp.210-6

 一九一七年、(…)一人のアメリカ人ジャーナリストが(…)揺れ動くロシア社会のなかで、自分たちで考え、判断し、行動していく民衆に、自由を獲得していく人間たちの姿をみていた(…)人々は自分たちの意見を文章にし、印刷し、全国に発送していた。(…)「まるで熱砂が水を吸い込むように、ロシアは読み物をつきることなく吸収し」(…)

 変わりゆく自分自身に、人々は喜びをみいだしていたのである。

(…)

 「ロシア国中のどの町でも、いたる所で、街角という街角が公共の演壇となった。汽車や市内電車のなかでは、いつでも即席の討論が所かまわず誰ということなく開かれた」

(…)その躍動のなかに身を置いているとき、人々は自由であった。(…)自分を創造し、社会を創造する、そんな創造者だけがつかむことのできる自由を、人々は手にしていた。

 ところが、革命の指導者たちがつくろうとしていたものは、社会主義的な制度である。(…)

自分と社会の自由な創造者になっていこうとする民衆と、そんな民衆の躍動を否定し、新しい制度のもとに人々を統制しようとする指導部との間に、大きな隔たりが生じていた(…)

 それから四分の三世紀を経て、ソ連は崩壊する。人々から、創造者の自由を奪い去った社会は、けっして人間たちを自由にすることはできなかったのである。

(…)与えられた「自由」によって、人々が満足することはなかった。なぜなら、自由とは、自由を創造していく営みとともにあるからである。

[内山節『自由論——自然と人間のゆらぎの中で』pp.210-6]

ISBN:9784000286787