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読書ノート

2017-02-22

pp.174-5

サパティスタの(…)ニュースが世界に広まった時(…)民主主義のラディカルな変容を目指す反乱集団としてではなく、あくまでも土着的な自律を要求するマヤ・インディアンの集団と定義された。国際メディアは、彼らをもっぱらこのように描こうとし(…)彼らについて重要なことは「アイデンティティ」だとみなした。(…)

彼らは、あくまでもマヤ人なのだから、アイデンティティが構築されるべき過程について、あるいは政治的可能性の本質について、世界に言うことなど何も持っていない、(…)マヤ人が非マヤ人に向けて発することができる政治的主張は、マヤのアイデンティティのみである、(…)マヤ人として政治的な認知することは許される。だが、マヤ人が世界に向けて、マヤ人性のみについてでない何かを発言することは認知しえない、ということである。

[デヴィッド・グレーバー『アナーキスト人類学のための断章』高祖岩三郎訳 pp.174-5]


ISBN:9784753102518

pp.168-71

こうした*1世界においては、すべての人間的行動は「生産」か「交換」か「消費」に分類される。その中で「交換」は(…)利潤を求める人間の「理性的本性」に駆動されたものとみなされる。消費は人びとが自らのアイデンティティを確立する方法となる。(だが生産については、できる限り議論が回避される)。(…)この市場の論理が深く内在化された挙げ句、(…)人がすることは、仕事でなければすべて「消費」なのだ。(…)この意味で人類学者と世界マーケティング・エグゼクティヴの視点は、ほとんど区別不可能となってきている。(…)

人類学者たちは用心しないと、世界アイデンティティ生産機械の歯車のひとつになってしまうだろう。地球規模の機構となったこの制度は、過去十年ほどの間、地球の(支配階級以外の)すべての居住者たちに、今や(…)唯一可能な政治的主張は、自分が属すグループの「同一性(アイデンティティ)」を明示することのみであると、巧妙に告げている。(…)

われわれが「アイデンティティ」と呼ぶものは、多くの場合、人びとに対して押しつけられたものである。アメリカ合衆国において(…)黒人と同定される者は、存在している間一秒たりともそれを忘れることを許されていない。(…)個人や集団の自己形成、あるいはあらゆる自己創造のための試みは、この極端に暴力的な抑制の内側でなされなければならない(…)。

[デヴィッド・グレーバー『アナーキスト人類学のための断章』高祖岩三郎訳 pp.168-71]

ISBN:9784753102518

p.156

「民主主義(democracy)」という語彙(…)はあくまでも(…)「中傷」として造語されたのだ。それは(…)民衆(demos)の「kratos(force=力)」であって「archos(rule=統治)」ではない。それを造語した特権(エリート)主義者たちは、民主主義を単純な暴動あるいは暴徒の支配とさほど遠くない意味で使っていた。(…)少数者による人民の恒久的な征服で(…)民主主義を押さえつけることに成功した時、(…)一般大衆が彼らの意志を知らしめる方途は、まさに暴動をとおしてのみとなった。

[デヴィッド・グレーバー『アナーキスト人類学のための断章』高祖岩三郎訳 p.156]


ISBN:9784753102518

pp.155-6

古代ギリシアがもっとも競争好きな社会のひとつであったことは、あきらかに意味がある。体操競技から哲学から悲劇に至るまで、ほとんど何でも公共的な競技にして、一人残らずそれに参加させようとする社会だった。だから政治的な意志決定さえも公共的競技にしてしまったのは、さほど驚くべきことではない。だがここでより重要なことは、これらの決定が武装した大衆によってなされていたということである。(…)ギリシアの傭兵の一隊が、指導者を失い*2、ペルシアのど真ん中で退路を失う。彼らは改めて将校団を選抜し、次に何をすべきか決定するために票決する。(…)票数が六〇対四〇だったとしても、誰もがみな、力の拮抗状態とそれらが衝突するとどうなるか了解している。それぞれの票は極めて現実的な征服なのである。

[デヴィッド・グレーバー『アナーキスト人類学のための断章』高祖岩三郎訳 pp.155-6]


ISBN:9784753102518

pp.150-4

 多数決制民主主義は、その起源において、本質的に軍事制度であった。

(…)

 学者たちが、スラウェジ(Sulawazi)あるいはタレンシ(Tallensi)村の評議会を「民主主義的」と見ることに抵抗がある真の理由は――単純な人種差別、(…)ペリクレスと同じ次元の存在だと認知することへの抵抗の他に――彼らが「票決しない」ということである。(…)世界中で、オーストラリアからシベリアまで、(…)平等主義的な共同体は、むしろ「合意形成過程」のいくつかの変形を好んできた。(…)

皆が平等に向かい合うような共同体においては、ほとんどの成員が何をしたいか理解することのほうが、それに同意しない人びとを説得する方法を考えるよりもはるかに簡単だからである。「意志合意決定」は、大多数が少数をその決定に従属させることがない社会に特殊なものなのである。(…)無理に従わせることがないならば、(結局は誰かが敗者とみなされる公共的競技としての)票決の必要はないのだ。

票決とは最終的に、屈辱、怨恨、憎しみを生み、共同体の内的崩壊を確実にする方法である。

合意を獲得するための手が込んだ困難な過程と見えるものは、実際には、誰も自分たちの考え方が無視されたと感じて出ていってしまうことがないように(はか)長期の過程なのである。

[デヴィッド・グレーバー『アナーキスト人類学のための断章』高祖岩三郎訳 pp.150-4]

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ISBN:9784753102518

p.149

北米において「合意形成過程」は、(…)六〇年代新左翼の(…)フェミニスト運動において現れた。ただしその手順の多くは、そもそもクエーカー教徒、そして(…)クエーカー自身は、それらはアメリカ先住民の実践から学んだものだと言っている。

[デヴィッド・グレーバー『アナーキスト人類学のための断章』高祖岩三郎訳 p.149]

ISBN:9784753102518

pp.145-6

サパティスタの権力奪取という思想の拒絶と、それに代わる民主主義的自己組織化のモデルを創造することでメキシコ全土を刺激していこうとする試みから、これは始まった。(…)アルゼンチン経済の崩壊と強力な大衆的蜂起が、再びひとつの政治家のグループを別のグループに挿げ替えることで解決を図ろうとする思想そのものの拒絶を体現した。(…)彼らが新しい政治の代わりに創造したのは、(…)代案的(オルタナティヴ)な制度の広大な網状組織(ネットワーク)であった。簡単に言って、それらは「直接民主主義」というテーマの無限のヴァリエーションだったのだ。

[デヴィッド・グレーバー『アナーキスト人類学のための断章』高祖岩三郎訳 pp.145-6]


ISBN:9784753102518

*1:「ことに「創造的消費」という修辞法(レトリック)が、新たな世界市場のイデオロギーになっている」

*2:p.8