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読書ノート

2016-12-24

pp.93-9

仁斎において、「学とは、効*1なり、覚*2なり」(『字義』学)(…)結局、「同じく然る所」(ならっ)「同じく然る所」るのである。

(…)

「有る者は(おのずか)有り、無き者は自ら無し。明明白白、(また)疑を容るる所無し」(下28)(…)「同じく然る」とは、何より「自ずから然る」ということなのである。(…)仁斎の、天地・人倫は生々化々、流動・交流する存在であるとする「活物」(…)

人々の心や性は、参差(しんさ)(ふぞろいで)斉しからず」(『字義』性)、(…)

個別・有限な存在でありながら、またそれゆえに時に従い*3を変え、礼法・政もその具体的中味を変えながら、なお「天下古今同じく然る」「人倫日用」を形成している(…)同然性とは、こうした個別・有限な人間存在の「相親しみ相愛し、相従ひ(あつま)るという(「一人」ではない)、ともに由るべき基盤が常にあることへの確信の表明であって、その具体的中味の固定した同一性の表明ではない(22)

(…)「夫れ心は活物なり。学は活法なり。活法を以て活物を治む」(下24)

[竹内整一『「おのずから」と「みずから」——日本思想の基層〈増補版〉』pp.93-9]

(21) 仁斎において「俗」と峻別される「俗気」とは、(…)基本的には、「俗」(卑近な「人倫日用」)から離れて生半可な「理」のさかしらを弄ぶ態度をさしている。

[竹内整一『「おのずから」と「みずから」——日本思想の基層〈増補版〉』p.94注21(p.294)]


ISBN:9784393312995

*1:ならい

*2:さとり

*3:p.94注21