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読書ノート

2016-12-04

p.94

 今後、例えば、イラクにいる日本人ジャーナリストや自衛隊員に死者が出れば、世論はまた生命の保障責任の所在をめぐって大騒ぎするのであろうが、生命以上の価値について真剣な議論がなされることはないであろう。生命以上の価値に敬意を払うという精神自体を国民が失っているからである。

[中野剛志「自己責任論議 イラク人質事件をめぐって」『反官反民 中野剛志評論集』p.94]

ISBN:9784864880015

p.93

そもそも(道徳や大義というものは自己の安全と利益のための方便に過ぎないという)現実主義者のはずの親米保守がどうして道徳を語れるのであろうか。

[中野剛志「自己責任論議 イラク人質事件をめぐって」『反官反民 中野剛志評論集』p.93(括弧内引用者)]


ISBN:9784864880015

pp.92-3

親米保守はその論理の構造として、イラク入りした目的ではなく、自分の身の安全を自分で守れなかったことに矛先を向けるしかなく、そこで自己責任論を展開したわけである。

(…)

 滑稽なのは、親米保守のイラク攻撃支持の根拠である我が国の安全は、アメリカ頼みなのであって、自国の責任において保障しているものではないということである。

[中野剛志「自己責任論議 イラク人質事件をめぐって」『反官反民 中野剛志評論集』pp.92-3]

ISBN:9784864880015

*1:「固有の文化を溶かし、鋳型へと流し込んでしまう(…)文化や価値から多様性を排除し、一元的な枠にがっちりとはめ込み、その枠から外れたものを認めないという、文化的画一化による支配構造を「フレーム(枠組み)」と呼んでおこう」(p.175)