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読書ノート

2016-10-11

pp.8-10

九鬼周造は、日本人の道徳の特色として次のように指摘している。

 日本の道徳の理想にはおのづからな自然といふことが大きい意味を()ってゐる。殊更らしいことを嫌つておのづからなところを尊ぶのである。自然なところまで行かなければ道徳が完成したとは見られない。その点が西洋とはかなり違ってゐる。いつたい西洋の観念形態では自然と自由とはしばしば対立して考えられている。それに反して日本の実践体験では自然と自由とが融合相即して会得される傾向がある。自然におのづから(ほとばし)り出るものが自由で(…)窮屈なさかしらの結果として生ずるものではない。天地の心のままにおのづから出て来たものが自由である。自由の「自」は自然の「自」と同じ「自」である。「みづから」の「身」も「おのづから」の「己」もともに自己としての自然である。自由と自然とが峻別されず、道徳の領野が生の地平と理念的に同一視されるのが日本の道徳の特色である。(「日本的性格」昭和12(5)

(…)ひとつの自然認識、自然観の(…)

診断・処方の基準が、別の自然認識(たとえば九鬼のいわゆる「西洋の観念形態」のそれ)の借用においてのみなされたり、あるいはそれらとの安易な折衷・混淆においてなされたりするかぎり、(…)その批判さるべき事態はしばしの模様替えに留まるにすぎない。それは近代日本が繰り返し実験してきたところである。

(…)今それを自明として生きているあり方からはそのことは抽出できない。

[竹内整一『「おのずから」と「みずから」——日本思想の基層〈増補版〉』pp.8-10]


ISBN:9784393312995