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読書ノート

2016-10-01

pp.103-8

 アメリカの舞台に見られなかったのは、貧困(ポヴァティ)というよりはむしろ不幸(ミゼリー)欠乏(ウォント)であった。(…)彼らが提出した問題は(…)社会の秩序ではなく統治の形態と関連していた。(…)なるほど自分たちの代表を選びその人に代表になってもらうことはできるにしても、(…)たんに「自己保存」あるいは自己利益の問題にすぎず、(…)その自己保存が確保されてしまえば、貧民は、その生活に重要な意味が与えられず、卓越の光輝く公的領域からは排除されたままの状態に立たされることになる。(…)ジョン・アダムスはこの状態を次のようにのべている。「(…)人混みのなかにいても……彼はまるで屋根裏か地下室のなかにでもいるように無名状態(オブスキユリテイ)*1にある。彼は異議を唱えられたり、とがめられたり、非難されたりしない。彼はただ気づかれないのである。(…)」

(…)同情(コンパッション)の情熱はあらゆる革命の最良の人びとの心につきまとい、彼らを突き動かしたのであるが、(…)動機としてなんの役割も果たさなかった唯一の革命がアメリカ革命であった。(…)しかし実際は、貧しき白人の国の強みが、他方でかなりの程度まで黒人労働と黒人の不幸(ミゼリー)に依存していなかったかどうか自問してみたくなるのである。(…)奴隷制が社会問題の一部でなかった事情はヨーロッパ人もアメリカ人も同じであった。

[ハンナ・アレント『革命について』志水速雄訳 pp.103-8(傍線=傍点)]


ISBN:9784480082145

*1〔obscurity は仲間たる人びとに認知されていない状態を意味し、この文脈のなかでは、公的領域における目立った卓越の状態 distinction の反対語である――訳者〕