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読書ノート

2015-10-25

pp.040-1

 政治現象としての自由は、ギリシアの都市国家の出現と時を同じくして生まれた。ヘロドトス以来、それは、市民が支配者と被支配者に分化せず、無支配(ノー・ルール)関係のもとに集団生活を送っているような政治組織の一形態を意味していた(11)。この無支配という観念はイソノミアという言葉によって表現された。古代人たちがのべているところによると、いろいろな統治形態のなかでこのイソノミアの顕著な性格は支配の観念*1がそれにまったく欠けている点にあった。都市国家は民主政ではなくイソノミアであると思われていた。「民主政」という言葉は(…)もともとはイソノミアに反対していた人びとがつくった言葉であった。彼らはこういおうとしたのである。「諸君たちのいう『無支配』なるものは、実際は別の種類の支配関係にすぎない。それは最悪の統治形態、つまり、民衆(デモス)による支配である(12)。」

(…)イソノミアは平等((…))を保証したが、それはすべての人が平等に生まれ平等につくられているからではなく、反対に、人は自然((…))において平等ではなかったからである。そこで人為的な制度たる法すなわち法律((…))によって人びとを平等にする都市国家を必要としたのであった。(…)それは法律であった。すなわち約束ごとであり、人工的なものであり、人間の努力の産物であり、人工的世界の属性なのであった。

[ハンナ・アレント『革命について』志水速雄訳 pp.040-1(傍線=傍点)]


ISBN:9784480082145

*1:(君主政monarchyや寡頭政oligarchyのἄρχειν――統治する――からきた“‐archy”や民主政democracyのκρατειν――支配する――からきた“‐cracy”)

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