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読書ノート

2015-10-21

pp.102-10

広場はもはや、ただの抗議活動の場ではなかった。そこは「タハリール共和国」と名づけたいほどの非日常的な空間だった。

(…)従来のエジプト社会と何もかもが違っていた。(…)

痴漢がいなかった。(…)

スリもいなかった。(…)

遺失物がきちんと管理されていた。

青年たちが道を譲っていた。(…)われ先にと列に横入りすることが当たり前のカイロで(…)

人々が自主的に掃除していた。

(…)この「道徳改善運動」はやがて広場をはみ出し、庶民街にも、交通ルールを守ろう、ゴミは捨てるな、といったポスターが張り出されるようになった。

(…)もう一つの〝奇跡〟はそこに集った人たちの多様性だった。

(…)ヒジャーブを被ったごく普通のムスリマたち(…)

急進的なイスラーム主義者(サラフィー)たちの一群(…)

十字架のネックレスを首から提げたコプト教徒と、クルアーン((…))を抱えたムスリムが親しげに挨拶している光景も見た。(…)

 エジプト人のアイデンティティー(属性)は何重にも重なっている。(…)ただ、タハリール広場のエジプト人たちは、従来のそれらにこの「タハリール共和国」の住人というもう一つのアイデンティティーを加えていた。

 広場には英雄も指導者もいなかった。それを求める雰囲気もなかった。(…)

「民主主義より優れた英雄」。後進的と言われようが、英雄待望論はアラブ世界の業ともいえる性向だ。(…)

党派色を鮮明にしているグループはいなかった。誰もがエジプト国旗を手にしていた。

[田原牧『中東民衆革命の真実——エジプト現地レポート』pp.102-10]

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ISBN:9784087206012