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読書ノート

2015-06-25

疑うがゆえに知り、知るがゆえに疑う。暗夜に(しょく)をとって歩む一歩を進むれば明は一歩を進め暗もまた一歩を進める。しかして暗は無限大であって明は有限である。暗はいっさいであって明は微分である。悲観する人はここに至って自棄する。微分を知っていっさいを知らざれば知るもなんのかいあらんやと言って学問をあざけり学者をののしる。

 人間とは一つの微分である。しかし人知のきわめうる微分は人間にとっては無限大なるものである。(…)

 疑いは知の基である。よく疑う者はよく知る人である。南洋孤島の酋長(しゅうちょう)東都を()うて鉄道馬車の馬を見、驚いてあれは人食う動物かと問う、聞いて笑わざる人なし。笑う人は馬の名を知り馬の用を知り馬の性情形態を知れどもついに馬を知る事はできぬのである。

[寺田寅彦『知と疑い』]


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