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読書ノート

2014-08-31

pp.99-102

(さて)その外面を論拠にして東西を比較し、日本の習俗如何(いかん)を問わるゝときは、(これ)に答うるに唯慚愧(ざんき)の二字あるのみ。

古来我国には一妻の外に(しよう)を養うも之を禁ずるの法なく、彼の大名高家(こうけ)(ごと)きは子孫相続の()めにとて特に妾を必要の物に(かぞ)えたり。数百千年来の習慣世に之を怪しむ者もなく、大名以下の種族にても、家産の(ゆたか)なる人は妾を養うこと乗馬を飼うに等しく、某家には馬もあり妾もありと()えば、(おのず)から富貴(ふうき)の装と(よそおい)して認めたるものゝ如し。

(くだつ)て王政維新の天下と()り、万事万物(すべ)て旧弊を除くと称しながら、妾の一事に至りては黙して言う者なく、旧弊依然たるのみか、維新の変革は磊落(らいらく)書生の得意を催おし、妓を(よう)して天下の事を語るなど放言して(はばか)る所を知らず。学者政客、文明の先達を(もつ)(みず)から()る者が、私行(しこう)の一点のみ(かえつ)支那流の腐儒(ふじゆ)を学び、公然花柳の(ちまた)に遊戯して、遂には銭を以て美人を買い、改めて正室の称号を奉つる()おその外に、外妾内妾(したがつ)(へい)し随て()い、新陳(しんちん)出入(しゆつにゆう)犬猫を飼うよりも(やす)し。

上下一様に風を成して以て今日に至り、旧弊ます〱濃厚を致して、官吏も学者も医者も商人も、苟も(いやしく)懐中の少しく温な(あたたか)る者は花柳の春を以て最第一の快楽事と為し、(かつ)(はず)る色なきのみならず、旧幕時代の醜行(しゆうこう)は醜なりと(いえど)(すこぶ)隠蔽(いんぺい)の風ありて、云わば陰に醜を犯したるものが、今は(あたか)も陽気を催おして醜行爛漫(らんまん)、人の()を射ると云うも不可なきが如し。(はなは)だしきは衆生(しゆじよう)済度(さいど)の坊主にして、青楼(せいろう)の酒に酔い花柳の枝を折る者ありと云う。聞て唯驚くのみ。

[福澤諭吉「福翁百話」pp.99-102]

慶應義塾大学 メディアセンター デジタルコレクション