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読書ノート

2014-08-31

pp.180-2

(けだ)し男尊女卑は百千年の悪習慣にして、(ただ)に凡俗のみならず所謂(いわゆる)学者識者の流に至るまでも、その書に著わし人に教うる所は、結局婦人の窮屈不自由を(もつ)てその淑徳(しゆくとく)と称し、表に言語挙動の優美を奨励すると同時に、裏にはその愛情の機を圧迫して(てん)として知らざるものゝ如くし、天下無数の女性をして(ほと)んど窒塞(ちつそく)するの惨状に至らしめたるは、学者の罪に非ずして何ぞや。

或は学者は婦人の(せい)(しゆく)寡言(かげん)訴うることなきを見て、(みず)から(やすん)ずるものなりとして注意せざるか、(かく)の如きは(すなわ)ち事物の日向(ひなた)を見て(かげ)を知らず、俗に云う人情知らずの愚と云うべきのみ。

世間幾多の好色男子が多妻の(しゆう)を醜とせずして(ひと)り肉慾を(たくまし)うするその多妻中の一人()しくは幾人は、(いたずら)空房(くうぼう)を守り、自身最第一の快楽を犠牲にして良人と(なづ)くる動物に奉ずるものなり。(あたか)も人間界の獣行なれども、学者社会に之を論ずる者少なきは何ぞや。

又人生の不幸にして二十、三十、四十にも足らぬ婦人が配偶を(うしな)うは珍らしからぬことなるに、この不幸を見て世間の人は如何(いかが)の感を()すやと云うに、(ただ)不幸を悲しむのみにして婦人の善後策に再婚を云々(うんぬん)する者少なきのみか、(むし)ろその寡居(かきよ)を励ますの情あるが如し。

是等(これら)の時に当り百事に(くちばし)()るゝ者は多くは男子にして、その男子は五十、六十の老境に(さい)を喪うも()()(ただち)に後妻を求めながら、他人の事とあれば種々の事情を口実にして(あん)にその(さまたけ)を為すこそ奇怪なれ

然るにその寡婦人を見れば累世(るいせい)の遺伝に()り又世教の束縛に慣れ又その身の優美を重んずるの情よりして、黙して寡を守り(あえ)(みず)から再婚を言わざるのみか、(かえつ)て之を拒む者多きを常とす。

傍観ます〱断腸に堪えざる次第なれども、俗界の流風如何(いかん)ともすべからざるなり。

然りと(いえど)(およ)そ人間世界の悪事はその()を消滅して()に帰せしむべからざるの約束にして、因果応報争うべからず。彼の多妻法と()い又若き婦人の寡居(かきよ)と云い、女性(によしよう)()めには至大至重なる愛情の要点を犯されて、その無理無法なる様を(たと)えば、封建武士に武芸を禁じ、学者の筆硯書籍(ひつけんしよじやく)取揚(とりあぐ)るに等しく、無理圧制の返報(へんぽう)(いず)れにか発せざるを得ず。

[福澤諭吉「福翁百話」pp.180-2]

慶應義塾大学 メディアセンター デジタルコレクション