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読書ノート

2014-07-01

p.265

帰本の根拠は自然で、神道はそれを自然(オノヅカラナル)と読んだが、「自づから成る」は最初から説明を拒否しているために戦時には何がオノヅカラナッテイルのかしばしば簒奪された。その悪癖に対処しうるものは哲学としての仏教なのではないか。河原の思索はそのことも示唆している。

[堀切和雅「この書物をめぐって」『日本人の「戦争」/古典と死生の間で』河原宏 p.265]


ISBN:9784062921343

pp.263-5

日本人には、「外来の思想は結局忘れてしまう」という特徴がある。共産主義も忘れたし民主主義も忘れそうになっている。(…)抽象に抽象を重ねた言葉は、本来日本的なものではなかったのだ。もう一方の普遍主義である儒学がやってきた時にも、受動的対抗として国学が生まれ、儒学など統治の用具に過ぎぬと斬って捨てる根性もあった。つまり日本人からは主義とか思想とかは「ほんとうのほんとう」ではない、という感覚が抜けない。

 思考の保持力がないのは、おそらくは一神教的人格神との対話もなければ契約などさらにありえないからで、中華文明のように天の理なるものがひとつに集約されるという考えもない。ヨーロッパ文明やイスラム文明のしつこさに比べてこれは劣るのではないかと外来思想が崇められることもあったが本心はそうでもない。しつこくないのは、自然が移り変わるからだろう。(…)

抽象語では説明できないが、帰るべき「ほんとうのほんとう」がわれらにはあるのだという、思い込みだけではおそらくないものが、日本の文化の特質なのではないか。

[堀切和雅「この書物をめぐって」『日本人の「戦争」/古典と死生の間で』河原宏 pp.263-5]


ISBN:9784062921343

pp.262-3

 「あの戦争に、日本が負けてよかった」というのは倒錯した思考法である。(…)

アメリカの思潮を自己の意思であったかのように(かた)り、米軍のおかげで平和が保たれていると進んで語り、そのうえで日本の国柄などと餓鬼大将の眼をぬすむように、歴史の切断を押し隠して内輪で確かめあうのは、二重に倒錯している。(…)いまも反米を押し隠した排外主義者・差別主義者が跋扈(ばつこ)*1し、大衆を蔑視しながら維新を呼号する(…)分裂した自己を自覚できぬほどに、歴史への、つまり先人への敬意を欠いている

[堀切和雅「この書物をめぐって」『日本人の「戦争」/古典と死生の間で』河原宏 pp.262-3]


ISBN:9784062921343

pp.260-1

 現実の大日本帝国は、そのために死ぬには、腐敗と不明朗と疑念に(まみ)れすぎ(…)父権的な天皇は、このくにの本来の天皇とは違っていた。近代化の便宜のために自己欺瞞を重ねてきた日本はいつの間にか本質と便宜の区別の知力を失って、能力をこえた大戦争に激しく歪んだ。

 だから、最後の夏、汗にまみれ草にまみれながら敵戦車に突入する訓練をしながら河原練習生が、日本の全歴史のかなたに「(はは)の国」を遂に発見し実感し得たのは、あの極度に限られた可能性の中でやはり幸福なことであり、若い魂の偉業だった。

[堀切和雅「この書物をめぐって」『日本人の「戦争」/古典と死生の間で』河原宏 pp.260-1]

ISBN:9784062921343

pp.245-6

日露戦争(…)『戦友』では、死んだ兵士は魂の還る場をもっていた。(…)人々が信じ、かつそこに心と魂の安らぎを見いだすことのできる場(…)帰本、つまり還るべき「くに」(…)本居宣長がときあかそうと努めたように、おそらくは遥かな太古に源を発する民俗の信仰に根ざし(…)

古代以来の素朴な日本人の魂は、悲哀の極に「(はは)の国」を見いだしてきた。

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」pp.245-6]


ISBN:9784062921343

pp.245-8

『同期の桜』は、(…)ニヒリスティックである。(…)

 あの戦争で日本人は、実は神話とも訣別していたのかもしれない。(…)もともと神話とは、本来もっともっとアルカイックな喜びや悲しみ、やさしさや怒りに満ちたものだからである。ニヒリスティックな戦いの帰結は、戦後の〝悲しむことのできない〟全面的なニヒリズムの到来だった。この意味で敗戦は魂の死であり、太古以来の歴史はここに畢った。

(…)魂の空白を癒さんがため、(…)山を崩し、海を埋め、過労死するまでの勤勉さと集中豪雨と呼ばれるほどの輸出の拡大、これはさながら憑かれた者の所業の如くだった。私はかつても今も問わざるをえない(…)。一体、これらの人々を突きうごかした動機、情念はなんであったのかを。

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」pp.245-8]


ISBN:9784062921343

p.244註

「あの戦争中には、落城を知りつつも戦ふ若者の心の中にはもっと立派な詞が、そして曲が作られ、世に出ず埋もれていつた事でせう」(岡村幸)

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」p.244註]

ISBN:9784062921343

pp.240-2

日本軍の強さ(…)立派さはタテの命令系統、厳正な上下関係にあるかに見える。しかし(…)生死交差の間に本当の強さを示すのは(…)人と人とのヨコのつながり、つまり戦友の連帯なのである。

(…)常に国力、戦力をこえた大敵に戦いを挑む近代日本が、友情という人間にとっての基本的関係をすら戦力として組み込まざるをえない悲しさ(…)

 だからこそ近代日本の戦争すべて、その華々しい勝利のうちにさえ共悲、共滅の予感を漂わせていた。

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」pp.240-2]


ISBN:9784062921343

p.235註(pp.235-6)

「(…)国民の志気を鼓舞する気はさらさらなかったし、今のような反戦的な考えは、想像もできないこと(…)そのどちらでもないところ、且つそのどちらでもあるところに、兵隊は生きていたし、死んでいったのである」(吉田嘉七)

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」p.223註(pp.223-4)]

ISBN:9784062921343

p.233註(p.234)

占領軍の権威を利用して、日本人が日本人を打つ。これこそが戦後思想そのものだった(吉田満『戦艦大和』、一九六八年、角川文庫、一三一ページ以下)。

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」p.233註(p.234)]

ISBN:9784062921343

p.233註(p.234)

占領軍の検閲は「初めから罪人扱い」で、(…)「沖縄行き」さえほのめかしたという。沖縄行きとは、占領目的違反者に重労働を課すことである。

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」p.233註(p.234)]

ISBN:9784062921343

pp.228-9

現代日本は正に一九八〇年以降――不完全ながらあの一九三〇年代を第一次とすれば――第二次金融支配体制を確立した。(…)

 戦前、空腹の帝国主義に妨害されて挫折した飽食の帝国主義は、冷戦終結後カウツキーのいうように、超帝国主義へと平和裡に移行しながら現代日本にさしせまった課題として残されている。

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」pp.228-9]


ISBN:9784062921343

pp.225-6

ドル買い事件以後、三井財閥は(…)各社に届く脅迫状は数を知らず、電話をとると「国賊」と怒鳴りつける。東京では反三井のデモが起こり、京都にある三井家の墓所は荒らされた。そうして一九三二年三月、三井合名理事長団琢磨が暗殺される。(…)しかし彼(池田成彬)は(…)暴力に対しては、別の暴力の保険をかけていた。(…)早くから右にも左にも、特に(…)北一輝には莫大な金銭を提供していたといわれ(…)テロ計画の(…)対象として名が挙げられた時、北の一言でリストから外されたという話もある。(…)昭和初期の続発するテロ・クーデター計画を醸成したものこそ、彼が象徴する金融支配体制そのものだった。この後、池田を先頭とする財閥は蒼惶(そうこう)として〝軍財抱き合い〟、つまり軍部の庇護の下に逃走する。

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」pp.225-6(括弧内引用者)]


ISBN:9784062921343

p.223註(pp.223-4)

戦前昭和のマルクス主義も、あたかも殉教者のごとく弾圧に耐える情熱において原理主義的だったといえる。
(…)朝日平吾以来、「国体の本義」を掲げる天皇制原理主義(…)歴史上、次の三人の象徴的人物をもった(ただし、これらの人物が天皇制原理主義者だったわけではない。(…)ナチズムが、ゲーテやベートーヴェンの名すら利用したのと似ている)。
(…)楠木正成(…)近代の天皇制原理主義もここに一つの源泉を見いだした。 (…)日蓮(…)日蓮宗には、(…)さまざまな「原理」的思考の特徴が見いだせる。(…)
西郷隆盛(…)「この仕末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業はなしえられぬなり」(『南洲遺訓』)と述べ、みずからもこの言葉を裏切らなかった。この原理的徹底性こそが西郷の名を後世にのこす元となるが、それはまた侵略的大アジア主義の正当化にも利用されていった。

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」p.223註(pp.223-4)]


ISBN:9784062921343

pp.222-3

金融資本が(…)農業分野にも浸透してくる。この傾向は昭和恐慌下さらに進み、ここから巨大地主としての銀行地主が現れてくる。(…)

背後に、どれだけ多くの農民が土地を失って路頭に迷っているかは容易に推測できる。(…)反発する農本主義思潮を台頭させ、やがて右翼、軍部をまきこみ、窮乏農民の中からも土地を求めて大陸進出を叫ぶ農本ファシズムを生みだす。

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」pp.222-3]


ISBN:9784062921343

p.222

植民地米の移入増大は、昭和恐慌下、驚異的な米価の下落に苦しむ農民にさらに追い打ちをかけ(…)農家の負債は累積した。(…)数量規制を陳情したが、(…)政治的に、植民地統治の観点から受け入れ難かった(…)こうして帝国主義政策自体が自国農民の首を締める

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」p.222]


ISBN:9784062921343

pp.218-20

一九三一年十二月、犬養内閣の成立と(…)金輸出再禁止(…)あらかじめ(…)財閥系巨大銀行は巨額のドルを買い占め(…)政変と共に濡れ手で粟の莫大な利益をあげた。(…)

時は正に昭和恐慌の真っ只中(…)企業倒産、工場閉鎖、解雇失業、生活難からくる自殺、一家心中が相次いでいた。(…)

日本に飽食の帝国主義者を求めるとすれば、あのドル買い事件の中心人物といわれた三井財閥の大番頭池田成彬(しげあき)を典型とし、それに連なる政界、財界、その他の取り巻きである。戦後、彼らは(…)平和勢力であるかのようにいわれ、英米派とも称されている。(…)一国の金融資本は世界の金融支配秩序とつながっている。その意味で彼らが英米派になるのは当然だった。

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」pp.218-20]


ISBN:9784062921343

p.217

一九二七年九月大蔵次官より各地方長官宛に発せられた銀行合同促進に関する通牒と、(…)「銀行法」(…)によって一九三〇年代、世界恐慌の深化する中で、中小銀行の整理統合(…)五大銀行による寡占状況が確立した(14)

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」p.217]


ISBN:9784062921343

p.216

「国民皆貧論」(…)「わが国の国民生活には最下限がなく、またそれが無い点にわが国の国民生活の特徴があり、とりわけその麗しい性格が潜んでいる」という論法

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」p.216]


ISBN:9784062921343

pp.212-3

添田(そえだ)啞蟬坊(あぜんぼう)の『金々節』(一九二五年)(…)すべてのCMソングのホンネはこの歌に極まる。ただし、講談社も(…)辞退したように、それは営利企業のホンネを歌い過ぎていた。

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」pp.212-3]

ISBN:9784062921343

p.211

 室町時代の連歌師山崎宗鑑は、三条西実隆がどのような和歌も下の句に「……といへる歌はむかし也けり」をつければ一つの歌になるといったのに答えて、「……それにつけても金のほしさよ」もどのような上の句にも付けられると述べていた(『雑々拾遺』)

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」p.211]

ISBN:9784062921343

pp.208-9

金で買える究極のものは人の品格、徳性である。(…)その一歩前に暴力がある。(…)

メディチ家は「力を得るのは金、金を守るのは力」を家訓に掲げていた。

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」pp.208-9]


ISBN:9784062921343

p.203

フロイトは容赦なくホンネとタテマエの疎隔を摘発したが、敬虔なプロテスタントとしてのウェーバーはあくまでその一致したところに資本主義の起源を求めたかったのである。

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」p.203]

ISBN:9784062921343

p.200

金銭・暴力・技術はそれぞれ合理性をもっている。(…)十九世紀的な計算可能性(…)としてだけでなく、技術優位の二十世紀的な代替可能性(…)としての合理性でもある

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」p.200]


ISBN:9784062921343

p.199

金銭・暴力・技術は(…)

共通した特質をもっている。いわば人間に固有の弱点に深く根をおろしており、それ故に強力なのである。

(…)桃太郎という帝国主義を支える犬・猿・雉とみなしてもよい。事実、桃太郎が日本帝国海外発展の象徴として扱われた時期もある。

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」p.199]

ISBN:9784062921343

p.191

イデオロギーである限り、思想としての論評に価いしない。(…)イデオロギーとしての権威が剥落した現在、レーニンの理論もようやく思想として自立した。

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」p.191]

ISBN:9784062921343

p.190註(pp.190-1)

戦争の歴史―平和な現代という対照に固執することが、戦争を、そして平和をも正当に理解するものになるとは思えない。一見〝平和〟な状況にも、帝国主義は存立しうる。

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」p.190註(pp.190-1)]

ISBN:9784062921343

pp.186-7

炭鉱坑内夫の例でも、朝鮮人労務者の賃金は日本人労働者の三ないし五割に抑えられ(…)日本人労働者の賃金はそれに応じて低下(…)

大企業はこの朝鮮人労務者への過少な老賃すら、かすめ、くすね、不払い、着服に耽った形跡がある。(…)賃金の不送付が朝鮮統治にも障害となっている(…)企業の非道さは、(…)官僚をも慨嘆させる程のものだった(23)

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」pp.186-7]


ISBN:9784062921343

p.184

一切の命令を天皇の命令として絶対服従(…)は軍内部の命令系統を確立するには有効だったが、(…)命令が不法、非道、暴虐であった場合、そこから生ずる命令受領者の憎悪、怨恨、憤怒は命令系統を遡行して、すべて天皇に収斂されざるをえない。(…)だからこの論理は、命令を見直す制度的仕組みが設けられていない以上、殴ることでの肉体化によって切断される。肉体的痛みに論理はないからである。

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」p.184]


ISBN:9784062921343

pp.181-3

よそ者や非国民は必ず民衆のいじめに会い、それを公認する形で国家権力が出てくる構図(…)

国家権力に疎外された者だけでなく、優遇されているとみなされた対象にも向けられてしまう。特攻隊の遺族に対してもである。(…)

戦後社会はなまじ軍神の母には一層冷たかった。(…)息子の墓碑を建てようと心待ちしていた遺族年金の支給が決まったのは彼女の死後だった。

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」pp.181-3]


ISBN:9784062921343

p.180

一九三三年、当時獄中にあった日本共産党幹部鍋山貞親、佐野学が転向声明を出すや、ここに転向時代とさえいわれる雪崩現象がおこっている。人々は争って左から右へ、転向を急いだ。(…)しかも一度左から右への転向が始まると、その先は右も右、極端な右に突っ走ってしまう(…)それが超国家主義、神がかり的国体論である。

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」p.180]


ISBN:9784062921343

p.179

 一九四〇年、近衛文麿が新体制運動を推進(…)既存の政党は争って〝バスに乗り遅れるな〟とばかり自党を解散して、近衛の下に馳せ参じた。同年六月、(…)翌七月、(…)雪崩をうって解散(…)解党。こうして日本に政党はなくなり、ナチ党ばりの大政翼賛会だけが残った。

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」p.179]

ISBN:9784062921343

p.176

戦争景気がもたらす好況(…)それが帝国主義段階における資本主義社会の法則という説明が、なにほどあの妻の不安な表情と彼の号泣を和らげることができるのか。この難問を私には解くことができない。

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」p.176]

ISBN:9784062921343

p.171

ニーメラー牧師(…)第一次大戦にはドイツUボートの艦長としてもっとも果敢な戦士(…)戦争での勇者は、抵抗での勇者でもあった。

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」p.171]

ISBN:9784062921343

pp.168-9

一九五二年十一月の『中央公論』(…)「とにかく目下日本の重工業や軍需産業が、政界に強力な〝安定勢力〟を求め(…)要求を岸が代弁している」。(…)その背後にあるのは、いずれにせよまたしても戦争、ないしは戦争期待だった。

(…)戦争、より正確には戦争気構えが景気を盛りあげることはそれまでの常識であり、事実でもあった。この期待が、岸の戦争責任を問う声をおし流した。不況の到来によって失業や倒産の懸念に戦く人に、戦争責任論はあまりに観念的(…)戦争指導層の責任は孤立してあるのでなく、民衆の戦争観、責任感、道義観と不可分に結合しているのである。

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」pp.168-9]


ISBN:9784062921343

p.167

外力によって強制された責任とは、(…)むしろ刑罰に近く、十分な意味での責任感や責任意識に裏づけられたものにならない。究極のところ、責任は自由な人間のみが担えるものだからである。

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」p.167]


ISBN:9784062921343

pp.166-8

戦後、死人に口なしの形で一切の戦争責任を軍部に被せ、(…)強力に推進(…)利得を獲得しながら(…)責任を解除された二大勢力は官僚・財閥の指導層である。

(…)同じ帝国主義国家としてのアメリカ、イギリスが、資本主義体制の根幹にふれるこの面からの訴追に踏み込むことはできなかった(…)こうして東京裁判は日本資本主義と官僚機構に無罪の根拠を提供したことになる。

(…)だから戦後日本では、この意味で戦争責任を解除された軍人、官僚、財界人の多くが政治の表舞台に登場することとなる。この点での典型的、代表人物が岸信介である。

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」pp.166-8]


ISBN:9784062921343

p.165

第一次大戦後にドイツ皇帝の戦争責任訴追が提起された時、罪刑法定主義に反するという理由でもっとも強硬に反対したのはアメリカだった(8)

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」p.165]

ISBN:9784062921343

p.163

議員戦争責任問題で可決されたのは「議員がしずかに過去の行為を反省し深く自粛自戒」するというものだった。これすら、多くの議員が採決に加わらなかったが、これで議員の戦争責任もうやむやのうちに片付けられた(5)。(…)「深く自粛自戒して」という論法が、その後保守系議員が数多くひきおこす汚職スキャンダル事件の感想に使われてゆく(…)この意味でも戦争責任のとり方は、戦後政治責任のあり方の原型を提供しているように思われる。

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」p.163]

ISBN:9784062921343

pp.160-1

この行脚が光巌院のような形をとったとすれば、(…)政治的でなく、道義的意味をもちえたはずである。(…)戦後日本人の精神的荒廃は(…)アジア―日本関係に集中的に表示されている。戦争賠償を、政府が暗にその後の商品・資本市場の拡大を睨んで、政治的、経済的に考えるのは当然のことかもしれない。だからこそ天皇が先ずアジアにむかって道義的に対応されるべきであった。

(…)日本人なりにヤスパースのいう形而上の罪と責任に対して具体的な答責を見いだすきっかけにはなりえただろうし、いわゆる靖国問題も全く別の展開(…)少なくも、その政治利用への誘惑はかなりの程度軽減したはずである。だが戦後日本人は、物的にも精神的にもアジアを閑却し、(…)歴史を見捨てた。しかし自らの歴史への軽侮は、人間としての道義的根拠を見失わせる。道義的責任の指摘が、政治的責任の追及よりも軽い、緩いとみなす(…)人間としての道義的生命力の衰退であり、自ら進んで責任をとろうとする姿勢の欠如となる。

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」pp.160-1]

ISBN:9784062921343

pp.157-8

日本人が唯々として、あるいは喜々として自らの歴史を破却したことは、その後の無責任状況到来の一因となって(…)道義の依るべき根拠を見うしなう。しかも皇室自体が自らのあり方をイギリス・モデルにすえたことは、自国の歴史と文化にたいする責任を放棄し、外来の「抽象」に身を委ねたことを意味する。それは二千年来の〝歴史〟を護らんがために戦い、かつ死んでいった多くの将兵の希求にも呼応するものではなかった(第Ⅰ章参照)

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」pp.157-8]


ISBN:9784062921343

pp.150-1

戦争責任論自体が時代性をもつ。とりわけその政治的、法的側面からの議論は、(…)時間と共に移り変わる政治情勢に左右されるからである。だから、政治・法律論としての戦争責任論は刻々に〝解決済〟という官僚主義的論理に置き換えられてゆく。残るのは人間としての道義的責任、およびわれわれ自らの文化と歴史にたいする責任となる。(…)戦争責任が戦後責任につながるのもこのためである。

[河原宏「日本人の「戦争」/古典と死生の間で」pp.150-1]

ISBN:9784062921343

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