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読書ノート

2014-03-04

xyn920140304

p.147

 総じていえば、日本企業は特定の「時と所」で生じる事態の管理を志してきたのだといえる。

[松原隆一郎「消費資本主義のゆくえ」p.147]


ISBN:448005863X

pp.147-50

 小池和男が指摘するように、日本企業では人材育成の方法としてOJTが重視されるが、それは(…)現場で不意の事件が発生した際にも十分に対処できるような実践的なノウハウを習得するための方法で(…)普遍的技術をマニュアルによって身につけただけではなしえない類いの熟練である。

(…)半製品について熟知するということは、(…)製造している企業において、(…)商品価値を持つ時点でしか意義がない。つまり、そうした具体的知識を習得することは、それを重要とみなさない他社では意味を持たないのである。これは、いわゆる資格がどこでも・いつでも通用する抽象的かつ一般的な知識の習得に対し行われるのとは対照的である。

(…)その意味で終身雇用は、誰もが安心して他社では使えない知識の習得に向かいうるための制度的保証であった。その限りでは、日本企業の競争力は、終身雇用制が支えていたのだということになる。

(…)

 けれども、(…)とりわけ八〇年代を通じ労働者にとって企業での活動を過重なものとし(…)「飲みニケーション」に象徴されるように、企業内の人間関係は濃密となった。(…)企業人のコミュニケーションは、特定の所属企業に縛られ(…)広く世間には知られていないことに(…)集中し(…)会社の文脈から離れてはコミュニケーションできなくなってしまった(…)父親は、長時間会社に滞在しているために家庭では不在になったといわれ(…)不況で早く帰宅したとしても家族とともに語る言葉を持つことができない人が多いといわれる。いわば居ながらにして「不在」(…)家族や社会から孤立している

[松原隆一郎「消費資本主義のゆくえ」pp.147-50]


ISBN:448005863X

p.145

商品としての属性が同一であっても、それはいつどこに置かれるかにより消費者にとっては差違あるものとして受け取られる。

[松原隆一郎「消費資本主義のゆくえ」p.145]

ISBN:448005863X

p.142

大型店の出店が全国で中小小売店に警戒され、スーパー関係者と他の小売店主との対立が激化していた。そこでスーパー側の鈴木が中小小売店と共存しうるシステムとして見出だしたのが、CVSであった。

[松原隆一郎「消費資本主義のゆくえ」p.142]

ISBN:448005863X

p.141

鈴木*1は(…)商品には(…)「死に筋」というものが存在し、それが在庫の多くを占めて(…)置き場を塞いでいるのだと解釈した。商品の「売れやすさ」は、価格とは独立だという理解である。そして死に筋商品の排除を(…)経営の方針として打ち出した。

[松原隆一郎「消費資本主義のゆくえ」p.141]

ISBN:448005863X

pp.134-5

 バブル期の消費に(…)特異な動きは見いだせない。唯一顕著なのが交際費の変化だという(牧、一九九八)。(…)繁華街の賑わいや高級外車販売の伸びなどは、主に会社の交際費によるものだったのだ。ここに、贅沢は会社に寄りかかって行うという会社主義が如実に表れている。

[松原隆一郎「消費資本主義のゆくえ」pp.134-5]

ISBN:448005863X

p.131

大店法は、純粋に経済価値を対象とした法という意味で、策定時期の日本人の特異な価値観を象徴している。その意味では、「消費者」なる人間にとっての利便性だけを説いたり、コスト高を批判したりした大店法廃止論も、同様の立場にある。

(…)消費生活にかんするライフスタイル(…)を都市景観として統合するようなより上位の積極的・能動的な価値観は生まれなかったのである。

[松原隆一郎「消費資本主義のゆくえ」p.131]

ISBN:448005863X

p.129

零細小売店舗の絶対数は、(…)六〇年代以降も増え続け(売り上げシェアは減少)、(…)八二年に急変が起きている。そしてそれは規制が強化された時期なのである。零細小売店が減少をたどってから一〇年近く遅れて大店法の規制は本格化したのである(図6)。(…)橘川武郎が指摘するように(橘川、一九九八)、これは食品スーパーやコンビニエンス・ストアが零細小売店を淘汰し、代替わりを進めた結果と理解すべきだろう。

[松原隆一郎「消費資本主義のゆくえ」p.129]

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注:従業員1〜4人の小売店

出所:橘川、1998

[松原隆一郎「消費資本主義のゆくえ」p.130 図6 零細小売店の店舗数の推移]

ISBN:448005863X

pp.127-8

 大店法は、(…)七三年に制定され、翌年施行された。(…)法の制定目的には、消費者利益の保護、中小企業の事業機会の確保、小売業の正常な発展が挙げられている。(…)フランスにロワイエ法、ドイツに都市計画法、アメリカのゾーニング法などがあるが、これらは都市計画上の規制を主目的としていて、(…)中心的な課題(…)は一線を画している。(…)

 当初の具体的な規制対象は外資だったといわれるが、(…)次第に(…)国産の大型店に移っていった。(…)郊外や地方都市に進出し、そこに巨大店舗を構え(…)都市計画上の問題をも引き起こすに至ったのである。そこで大店法が策定・施行されることになった

[松原隆一郎「消費資本主義のゆくえ」pp.127-8]

ISBN:448005863X

pp.117-8

出身国も所得階層も異なる人々が、アメリカ人としての自己確認を果たすために「スタンダード・パッケージ」を消費する。(…)それは現実にほとんどの国民が「スタンダード」ではないからこそ意味があった。(…)

 けれども日本では、誰が日本人であるかは(事実はともかく)自明と信じられてきた。そのうえ平等化が現実のこととなったため、大半の人が本当に「スタンダード」になってしまった。他人を指向しようにも、他人はすでに自分に似てしまっているのである。

[松原隆一郎「消費資本主義のゆくえ」pp.117-8]


参考


ISBN:448005863X

p.113

異質で多様な住民が集まる公共の場が存在すれば、差別が生じる可能性もあるが、(…)共感が生まれる可能性も高まる。ところが高度成長期以降、日本では(…)会社と家庭という二つの私的な場しか存在しなくなる。そのうえニュータウンのように(…)分断され集合している場合、周囲との断絶も深まる。

[松原隆一郎「消費資本主義のゆくえ」p.113]


ISBN:448005863X

p.109

不平等や公害といった、平等と成長の負の側面として量的にもとらえやすい問題(…)以外の、たとえば景観にかんしては、(…)経済の成長や活性化に制約を課す論拠とは認められなかった。七〇年代からは、会社員が平日には家庭やコミュニティにほとんどかかわらなくなるという「会社主義」も進行してゆくが、これも規制するだけの価値観は存在しなかった。

(…)成長と平等にあくまで固執し、国内では景観や家庭、コミュニティの維持、国際的には援助以外の価値についてはほとんど犠牲は払われなかったのである。八〇年代後半以降にもなると(…)モラルなき経済行為に歯止めがかからなくなるが、その理由の一端は、ここに求めることができよう。

[松原隆一郎「消費資本主義のゆくえ」p.109]

ISBN:448005863X

*1:「セブン・イレブン・ジャパン会長の鈴木敏文」(p.140)