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読書ノート

2018-11-13

p.339

大災害が復旧可能なものを破壊するだけであるなら、碑をたてる必要などない。復旧することができない「慣れ親しんだもの」が失われたから、人々は碑をたてて、記憶を残そうとするのだ。

[「保守思想にとっての復興」『反官反民 中野剛志評論集』p.339]

ISBN:9784864880015

2018-10-30

p.302

 立憲的改憲は、先鋭化する権力を統制する改憲ですから、その統制対象は、自衛権のみならず捜査権あるいは刑罰権も射程に入れるべきだと思います。

[井上達夫「国民を信じ、憲法の力を信じる」『立憲的改憲─憲法をリベラルに考える7つの対論』山尾志桜里・編p.302]

ISBN:9784480071644

p.295

財界における議論の焦点は、人権保障というより官僚の統制から自由になりたいという議論(…)要するに経済的自由を規制する立法について違憲審査をしてもらいたい(…)ために憲法裁判所を設けようということ

[井上達夫「国民を信じ、憲法の力を信じる」『立憲的改憲─憲法をリベラルに考える7つの対論』山尾志桜里・編p.295]

ISBN:9784480071644

pp.293-4

イギリスでは紙の上の憲法などあっても政治文化がなければ意味がないという立場で「自分たちにはしっかりとした不文の政治文化がある」と言い続けてきたわけですが、その弱点が(あらわ)になったのがIRA(アイルランド共和軍)によるテロでした。

 サッチャー政権はテロを抑えるという名目で被疑者、被告人の「法の適正手続き」上の権利を侵害し、かつ集会結社の自由も侵害した。ところがイギリス国内ではその人権侵害を救済できなかった。しかし、イギリスはヨーロッパ人権規約((…))を批准していたので、国内における救済手続きをすべて尽くした後なお救済されない人権侵害があった場合にはヨーロッパ人権裁判所に訴えられる。その結果サッチャー政権時代のイギリスは、最も頻繁に政府が提訴されかつ最も頻繁に敗訴した。その反省で一九九八年に人権法ができ(…)その人権法によってヨーロッパ人権規約を国内法に編入した。人権規約が国内法化されたことで、ヨーロッパ人権裁判所まで訴えにいかなくても、イギリスの裁判所で法律の人権法違反が争えるようになりました。

 それでも裁判所は人権法に反していると宣言はできるが違憲無効とはできない。この法律を変える、変えない、廃止するかどうかは議会に委ねられている。

[井上達夫「国民を信じ、憲法の力を信じる」『立憲的改憲─憲法をリベラルに考える7つの対論』山尾志桜里・編pp.293-4]

ISBN:9784480071644

pp.289-91

事前 or 事後

(井上)特別裁判所として憲法裁判所を設けるのか、通常裁判所としての最高裁に任せるのかという問題に関連しているのは、違憲審査の対象方法です。いわゆるヨーロッパ型の憲法裁判所というのは抽象的違憲審査*1です。日本がやっているのはアメリカに倣った不随型違憲審査*2。(…)

 どんな法律でも抽象的かつ事前に審査できるようにすると、裁判所の権限が強くなりすぎるという問題をはらむ。憲法裁判所の裁判官人事が極めて政治化する(…)内閣法政局の裁判所版のようになりかねない。このような点から、私は憲法裁判所については少し慎重です。(…)

(山尾)憲法裁判所の本質は、安易な統治行為論を乗り越え、違憲審査権を実効化することにあり(…)現行憲法は国家権力による憲法違反をほとんど想定していません。(…)さらに、(…)違憲判断が出た場合でも、是正する機能を持っていない。

(…)民意に基盤のある国会が成立させた法律や内閣の行為について、必ずしも民意に直接基盤のない裁判所がどこまで物申せるのかという点は、もちろん緊張関係にあると思います。

 しかし、(…)政策の是非ではなく、「(…)憲法を変える必要があるかどうか」ということ(…)の判断においてはむしろ多数者の意思を背景に持たない方が望ましい。(…)多数決でも奪えない少数者の権利を保障する、またそのための統治構造を保障する(…)「憲法事項」であるか否か、という点については、むしろ民意に直接基盤を持たない裁判所こそが粛々と判断すべきだと思います。

[井上達夫「国民を信じ、憲法の力を信じる」『立憲的改憲─憲法をリベラルに考える7つの対論』山尾志桜里・編pp.289-91]

ISBN:9784480071644

pp.282-3

 憲法は上から与えられたわけではない。我々は占領軍にマッカーサー草案を押し付けられたけれど、(…)占領期までの話であって、その後は自分たちで変えようと思えば変えられた。憲法も人がつくるものなのです。自分たちで憲法をつくっていく実践をしない人たちに、その憲法を尊重する意識が生まれるだろうか。(…)自然権も、そのまま天上から降りてきたものではない。近代市民革命以降、あるべき立憲民主主義の統治機構は何であるかについて、さまざまな解釈を経る中で人々が議論つくってきたものです。

(…)それをさせないという人たちは、民主主義者を名乗る資格はないと僕は思っています。

[井上達夫「国民を信じ、憲法の力を信じる」『立憲的改憲─憲法をリベラルに考える7つの対論』山尾志桜里・編pp.282-3]

ISBN:9784480071644

pp.263-79

(井上)シビリアンコントロール(文民統制)だけでは戦力濫用を抑止するのに足りない(…)

シビリアン(一般市民)が軍事行動の犠牲を志願兵に転嫁して(…)無責任な交戦感情に駆られやすいのは歴史が証明しています。

(…)志願する必要のない国民が戦争について無関心になることで起きる悲劇です。

(…)沖縄と自衛隊にコスト転嫁して平和主義者の自己イメージに耽る(ふけ)っている(…)

しかし自衛隊は、予算規模で見れば世界四位ないし五位、実際の軍事的実力で見れば(…)六つの核保有国*3に次いで世界七位(…)

巨大な軍事力を事実上容認しながら、戦力統制規範を欠いた憲法をそのまま放置しておけと主張する方が、法的統制なき軍事力の暴走を許した戦前の軍国主義の危険につながるのです。(…)

(山尾)存在しないことにして後ろめたさで抑止するという手法は、少なくとも第二次安倍政権にはまったく効いていない。(…)

(井上) これは政治的な戦略の問題ではなく、(…)憲法の規範に対する敬意を日本人や日本の政治家が持つか持たないかという問題です。

[井上達夫「国民を信じ、憲法の力を信じる」『立憲的改憲─憲法をリベラルに考える7つの対論』山尾志桜里・編pp.263-79]

ISBN:9784480071644

p.259

(山尾) 立憲的改憲は単に憲法典の改正ではないということです。憲法の付属法あるいは重要な条約、また皇室典範も入るでしょう。さらに法律や規則、その付属法も含めて「憲法改正」だと捉えています。

[井上達夫「国民を信じ、憲法の力を信じる」『立憲的改憲─憲法をリベラルに考える7つの対論』山尾志桜里・編p.259]

ISBN:9784480071644

*1:「端的に憲法のこの規定に国家の行政行為や法律が違反している、と主張して争える。法律が成立した後ではなく、事前審査もできる」

*2:「ことがあって初めて違憲訴訟ができる」

*3:「米・露・中・英・仏(安保理常任理事国、いわゆる五大国)とインド」

2018-10-29

pp.202-3

 公文書管理委員会(…)

では公文書管理法の運用規定であるガイドラインの改正に取り組んでいました。(…)

 そのさなかに、突然内閣官房が、「検討チーム」で「方策」を決めたのでこれに沿ってガイドラインを改正してほしいと伝え(…)ガイドライン改正を待たずに内閣官房の方針が各行政機関に伝えられた(…)既成事実を先に積み上げ(…)委員会での議論に制約をかけようとしているわけです。

 この「検討チーム」は、(…)官房副長官補をトップに、内閣官房、総務省、内閣府幹部で構成され、三回の協議を経て「方策」を作成したといいます。(「毎日新聞」二〇一七年九月二八日朝刊)。しかし、この「検討チーム」で何が議論されたのかは公開されていません。

[瀬畑源『公文書問題 日本の「闇」の核心』pp.202-3]

ISBN:9784087210200

p.195

「朝日新聞」が興味深い調査報道を公表しました(二〇一七年七月一〇日朝刊)

 情報公開法施行の二〇〇一年以後に、情報公開請求をしたが文書が出てこなかった(不存在)あるいは墨塗りにされた(非公開)ことへの不服申立ての記録(情報公開・個人情報保護審査会の答申書)約一万件を検索し、「一年未満」の文書が争点となっている二三二件を分析した結果、さまざまな重要と思われる文書が、「一年未満」で廃棄されていることが浮かび上がってきたのです。

(…)「統合防衛戦略」(二〇一四年)の立案にあたって作成・収集した文書(…)「日朝平壌(ピョンヤン)宣言」(二〇〇一年)についての国会想定問答集(…)福島原発の避難区域解除関係の文書(…)

保存期間を「一年未満」にしてよい文書は、「軽微なもの」*1

[瀬畑源『公文書問題 日本の「闇」の核心』p.195]


ISBN:9784087210200

pp.183-88

東京都の公文書管理条例を(…)

国の公文書管理法と比較すると、(…)「歴史的事実の記録」という点がスッポリと落ち(…)

「(…)主体的に利用し得る(…)」(…)「都民の権利である」とは書かれていません。さらに、「行政が適正かつ効率的に運営されるようにする」という記載も落とされており、(…)都が「やらされている」感がぬぐえない書き方(…)

理念との関係が明確に(…)リンクされていません。(…)何のために文書を作成しなければならないのかという理由が欠けているのです。(…)

廃棄については、他機関によるチェックが(…)規定されていません。(…)

「利用請求権」に関する規定がありません。つまり、(…)「お願いして見せてもらう」(…)

文書に記載された情報を不開示にする規定が(…)広範囲に設定され(…)不開示決定を問題として第三者機関で争うことができない(…)

都職員による骨抜きがしっかりと行われてしまったようです。

[瀬畑源『公文書問題 日本の「闇」の核心』pp.183-88]


ISBN:9784087210200

pp.173-81

情報公開法が対象にしているのは、「行政機関」と「独立行政法人等」(…)

対象から外されているのは、(…)「司法」と「立法」(…)

また、国会に属する(…)国立国会図書館、裁判官訴追委員会、裁判官弾劾裁判所(…)は、情報公開法も公文書管理法も適用されていません。

(…)公文書管理法の附則には、国会の文書管理のあり方について検討すると書かれていますが、議員たちの動きは極めて鈍い(…)また、市民側からの立法公文書管理法や情報公開法への要求もそれほど強くない

[瀬畑源『公文書問題 日本の「闇」の核心』pp.173-81]

ISBN:9784087210200

p.168

家族法が専門である早稲田大学の棚村政行教授は、「人が生まれてから死ぬまでを家族関係によって一元的に管理するシステムは、日本特有と言ってよい」と話しており、欧米にはこのような仕組みはないとのことです(「朝日新聞」二〇一〇年八月二八日朝刊)

[瀬畑源『公文書問題 日本の「闇」の核心』p.168]

ISBN:9784087210200

pp.150-61

 公文書管理法によれば、国立公文書館は「国立公文書館」に位置づけられ(…)ていることからもわかるように、国立公文書館等は、政策の検証を行うために文書を永久保存して公開する機関であり、行政の国民に対する説明責任や情報公開のために存在しています。

(…)二〇一三年五月に「公文書管理推進議員懇話会」が設立され、(…)二年間にわたって国立公文書館新館建設の検討が行われました。

 この時に懇話会が取った戦略は、「展示機能の充実」を前面に掲げたものでした。国立公文書館というマイナーな機関に多大な予算をかけるためには、安倍首相や麻生財務相が食いついてきそうな論理を構築する必要があり(…)ナショナリズムに訴えかける作戦を採った(…)

二〇一七年三月二三日(…)

の報告書では、「施設の整備方針」に多くのページが割かれ、(…)

「展示機能」と「学習機能」の拡充が真っ先に掲げられ、(…)

肝心の「公文書を管理する」機能の充実化が疎かにされている(…)

 そもそも国立公文書館は、二〇〇一年に独立行政法人とされてしまい、国家機関ですらありません

[瀬畑源『公文書問題 日本の「闇」の核心』pp.150-61]

ISBN:9784087210200

*1:p.111