雲上読記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2005-01-01513-524

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 一般的なミステリでは、犯人が探偵に対してトリックを使っている。例えばアリバイを組み立てたり、現場にわざと証拠を残すことで、自分を容疑者リストから外したりだ。しかし叙述物というジャンルにおいては、作者が読者に対してトリックを使ってくる。例えば同じ場所だと思わせておいて違う場所だったり、同じ時間だと思わせて違う場所だったり。レベルの高い叙述物ならば、叙述トリックと作中のトリックが上手い具合に絡み合って、事前にその作品が叙述物であるとネタバレされていても十二分に楽しめることがある。本書はその典型である。

 知る人ぞ知るという訳ではないが、折原一叙述トリックを駆使した作品を書くことで知られている。中でもこの倒錯シリーズは、叙述トリックの冴え渡る傑作であると名が高い。それ故、期待して読み始めたのだが……ううむ、これは。

 実は叙述物は、何種類かに場合分けができてしまうということがある。そして読んでいる作品が叙述物だと事前に分かっているときは、読み進めながら「あのトリックは使えないな、あれも使えないな」と計算しながら読んでしまうのだ。読者というのは酷いもので、登場人物の全員を一度は疑っておいて、最後に犯人が明かされたとき「思った通りだ」と思うのだ。同じように叙述トリックを多く知っている人間は、叙述物を読みながら、あらゆるトリックを疑っておいて、読み終えてから「思った通りだ」と結論するのだ。一番、卑怯なのは犯人でも作者でもなく、読者だろう。

 そういうわけで、本書のメイントリックの部分は、読み進めながら何度か考慮してしまったものだった。そのため、驚きは少なかったのだが、それなりに面白くはあった。ところで、叙述トリックに含まれるかどうかは今ひとつ分からないのだけれど、作中作というのがある。例えば本を読み出して、終盤になってから「と、そこまで読んだところで○○は顔を上げた」なんて記述が出てきたら、その作品は作中作である。つまり、作品の中に作品があるのだ。分かりやすくいえば、かまいたちの夜をプレイしている、鎌居達。分かりづらいか。

 この作中作が酷くなると作中作中作や、作中作中作中作中作中作中作なんてものになってしまい。そこまで来ると、もうどれだけ作中しているかと言うより、どこに落ちを持ってくるかが問われるようになる。つまり、最後のひとつが真相な訳だから、その真相がそのひとつ前の真相だと思われたものより面白くなければ、作中作した意味がないと、そういうわけ。同じことがどんでん返しにも言えるような。どんでん返ししたいがために、推理を重ねたところで、その推理自体が冴えていないと面白くないと、そういうわけ。で、本書の場合、最後に落ち着いたところが、あまり冴えていないな、あるいは古いなと思ってしまった次第。もちろん、悪いのは作者ではなく読者。いつだって悪いのは読者である。

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