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2004-10-01455-482

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グラスホッパー

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 これは面白い。目が合った相手を自殺させる「自殺屋」の大男・鯨、ナイフを使い格闘戦のプロフェッショナル・蝉、妻を戯れに殺されその復讐を誓った一般人・鈴木。物語はこの三人を軸にして進むが、そこに叙述トリックが入り込む余地はなく、ただひたすらにスマートでストイックアイデンティティの危機を感じている殺し屋殺し屋の視点と一般人の視点とで描かれている。イメージとしては、『陽気なギャングが地球を回す』に近いが、ずっと発展している。過去の作品ほど散文的でも詩的でもないので、結末での驚きが少ないぶん、全体的に面白く読めるようエンタテインされている。キャラ萌え小説と言い換えてもいいかもしれない。

 興味深いのは「押し屋」という、人を突き飛ばし事故死に見せかけて殺すという殺し屋の存在だ。物語の中盤までは槿(あさがお)という男が非常にそれらしく描かれているのだが、中盤になって桃という女性が「実は押し屋は存在しないのではないか」という仮説を持ち出して、それを呼んだ途端、槿が押し屋ではないように思えてしまうのだ。しかも最後には……まあ、押し屋に関しては「いるかもしれない、いないかもしれない」ぐらいでいいのだろう、きっと。その曖昧さが、またひとつの面白さを演出しているのも事実だし。

 公式サイトのロングインタビューで筆者も言っているが、殺し屋という非日常的存在を、鈴木という何処までも一般人な日常の視点で描いているのは『オーデュボンの祈り』を彷彿とさせた。鈴木は、亡き妻の亡霊に縛られており(と言っても暗い感じではなく、あくまでも明るく)ことあるごとに彼女の言葉を思いだし「やらないとだめだ」であるとか「頑張らないとだめだ」と、ついつい頑張ってしまうのだ、殺し屋相手に、そして失敗する。が、そこはそこ、見事にエンタテインしてくれているわけで、最終的にはうまく挽回し、すべてが終わった後で「僕は、君のために結構頑張ってるんじゃないかな」と漏らす。これが実に切ない! 鈴木以外の人物も素晴らしい。人を自殺に追い込み、自殺させた人間がなった亡霊に付きまとわれる鯨。自分の言葉で話すことができない岩西に、彼に人形扱いされることを嫌う蝉。毒を専門的に用いるスズメバチという殺し屋エロ本を売っている桃、完全な脇役の鳥。もうとにかく、あらゆるキャラが魅力的なのだ。

 それにしても引き出しの多い作家である。ペースは遅くとも構わないので、じっくりと作品を積んでいって欲しい。

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