不識一丁字(無)

下に追加する方向で。

2005-05-15 coffee (2005-05-15 JST#1)

[][][] 『at』クォータリー[あっと] 0号 02:13

フェア・トレード

g:cha:id:nobody:20050515に書いた日記からの接続。コーヒーの香りから拡散する話。インドネシア産の豆。津波被害のこととか「フェア・トレード」のこととかを想った話。

オルター・トレード・ジャパン

オルター・トレード・ジャパンさんが、『at』という雑誌*1を始められた模様*2。0号を入手できたので、すこぉしだけだけど、パラパラとつまみ読みしはじめてみたり。

からやん(すみませんm(_ _)m)

『at』には、柄谷行人先生の「革命と反復 序説」という論が、掲載されている。コンドラチェフの60年周期説を「60年周期で揺り戻されて反復される120年周期の変化」と捉え、2005年以降を考える試み。なんて書くとちょっと雑なまとめに過ぎるかもしれない。

まだ導入部でしかないけれど、今後の展開が楽しみ。おっと、書きそびれるところだった。この論は連載予定であるらしいのだ。(また、「楽しみ」などと書いてはいるが、この日記の筆者すなわち音無体亭亭主は果して論の展開についていけるものやら、はなはだ心許無いのでもある)。

書籍情報

書名
『at』クォータリー[あっと] 0号
編集
パラグラフ / オルター・トレード・ジャパン
執筆陣(部分)
柄谷行人上野千鶴子、田中優、岩崎ゆう子、堀田雅彦、市橋秀夫、吉岡忍吉田司、ほか。
出版社
太田出版
書籍番号
ISBN:4872339460
定価
本体700円+税金

つまみ読み

前述したように、まだ、いくつか「つまみ読み」してみただけでもあり、この先もどれだけ気合を入れて読むのかもわからず、そんなこともあって、まだ感想とかは書かないし書けないのだ。また、今後書かれるという保証もないのでもある。すみません。

(2005-05-16 02:15 AM JST ころ記)

*1:雑誌:たぶんムック。書籍扱雑誌っていうのは、ちょっと強引な「おま訳」かも

*2:出版は太田出版さん

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2004-09-23 ジュヴナイル

[][][][] 筒井康隆 『わたしのグランパ』

なかなか本読みの進捗が思わしくない亭主である。が、よくよく考えてみたら、亭主、いつのまにか、『わたしのグランパ』も読了していたのだった。これについては、また日を改めて、書こうと思う。(が、書けない/書かない、かもしれない。いまいち自信がない。すいません)。(2004-10-31深夜記)

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2004-09-22 学校と親にとって子供とは何か

[][][][] 筒井康隆 「夢の検閲官」『夜のコント・冬のコント』所収)

まずは書物を離れ、もう少し一般的な話を、書こうと思う。亭主によくある書きかたの、つまりは枕の部分である。ときどき見聞する(ないし記事として読むことのあるような)話。まだ小さなお子さんを持ったかたの、学校や幼稚園*との*奮闘体験に、ときとして、悲しい気持ちになることがあるのだ。

おたがい生身の人間であるから、親御と先生(教諭)との関係が、必ずしも良好にいくとは、限らない。円滑にいかない焦りと苦悩の状況で、親御さんの側がこぼされる言葉に、「子供を人質にとられているようなものだから」。亭主、いささか、やりきれない思いを感じてしまう。

筒井康隆の著となる『夜のコント・冬のコント』?という本のなかに、「夢の検閲官」?という作品がある。この作品は、一面において、心理学 −− それは筒井が専門に学んだ分野であったと(亭主は)思う −− における概念を駆使した、一種のドタバタ系ショートストーリである。

この側面から見ると、本作品は、かつての七瀬シリーズや「二元論の家」などといった、「心理学的*1描写系作品」に親しんだ読者には、「例によって」「著者お得意の」「ドタバタ喜劇世界」として楽しめることだろう。あるいは、平凡社世界百科事典程度でよい。ざっとフロイト的and/orユング的な心理学における、人間の「意識」に関する世界観を知っておけば、ドタバタ劇を楽しめるものと思う。

しかし、小説のストーリ自体はドタバタ劇であるかもしれないが、舞台設定ないし背景設定が、重いのであり、ないしは重要なのである。ストーリと背景と、二つのレイヤを描けるところが、亭主をして、この作品を著した筒井を高く評価せしめるものなのであった。

そして、その背景というのが、枕に書いたような、「親-子-学校」の構図に関連しているのである。亭主がこの文章において、ある意味「重い」と書きたかった理由。それは、本作品はそのような社会図を反映して書かれたものでもあると、亭主が受けとめたからなのかもしれない。

筒井には、しばしば「苦痛の光景」が描かれる。ほかの作品に見られるように、本作品にも、苦痛が描かれているとも言える。しかし、亭主は本作品の結末に、救いのない世界での一本の蜘蛛の糸のような、前向きの希望とは言えないかもれないけれども、しかし絶望ではない、微かな希望のような何かを見た。そして、茫茫と涙したのである。

ちょう個人的オススメ度:☆☆☆

(2004-10-31深夜記)

*1:おそらくはフロイトあたりが整理した概念に基くものではないか、と、亭主は思っている。

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2004-09-21 グロテスクさと、祝祭の気分と。

[][][][] 筒井康隆 「二度死んだ少年の記録」?

グロテスクなのに、なぜか祝祭の気分があるという点で、亭主は、本作品を、ガブリエル・ガルシア=マルケスの、『予告された殺人の記録』に呼応するものであるかな、と、感じた。

つまりは、ガルシア=マルケス作品によって筒井の中に喚起されたもの、−− 適切な表現が出てこないけれども、小説の「流儀」のようなもの −− を、筒井が、筒井の「小説作法の世界」にとりこんで、筒井流に料理して提示した、そのような世界なのではないか、と思ったのだった。

なお、本作品を読むならば、後述する予定の「夢の検閲官」*1も、あわせて読むといいのではないか、と、そんなふうなことを、亭主は思ったのでもあった。(2004-10-31深夜記)

*1『夜のコント・冬のコント』に収録された短篇である。

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2004-09-20 いしぶら#2

[][][][] いしいしんじ 『ぶらんこ乗り』 つれづれ

亭主、ことし2004年の8月18日に2004-08-10にて、首記の書物を読了したと書いている。いまごろであるが、感想を少し。

読了したと書いてから二ヶ月が経って、まだ余韻が残っている気がする。なので、この本は亭主にとって何やら、ある種の「大事な本」になるかもしれないなぁなどと思う。折にふれて読み返してみたくなる本のひとつに、なりそうなのだ。

読了直後は、はたしてちゃんと読めたのか、自信がなく、感想も書けずにいたのに、いまだに気になるというのは −− ひょっとするとBOOKグループに感想を書かねばならぬという潜在意識的な何かが働いていたということなのかもしれぬが、いや、そうではない、と思いたい −− この本には、何かがあるからなのだろう。

ライト・ウェイトな文体。粗雑なのではなく丁寧に醸造されて濾過された結果としてのそれ。ひとつひとつの、空想力を刺激させられるエピソード。奇抜だったり楽しかったり、もの悲しかったり。そして、それらのエピソードを淀みなくつなげていく、小説の中の時間の流れ。流れかたに無理がなく話に淀みがない。

たぶん、これだけでは、ない。まだ何かがあるのだと思う。次に読み返したときの感想が楽しみである。

なお、亭主、この書物を読んだのちに文庫版の解説にて、著者近年の暮しようを知ったとき、三浦半島(神奈川県)の先っぽあたりを、のらのら、ぶらぶら、してみたいかもしれん、などと思ったのだった。海の匂いと、美味しそうな刺身。あー、単に空腹なだけなのか(笑)。(2004-10-28記)

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