サイファイ小説

サイファイ小説

  • 「現実的で日常的な舞台設定から物語の幕が開いて、徐々に超科学・超自然の世界へ客をいざなっていく大衆娯楽ストーリー」
  • 「超科学や超自然といった領域を扱って、金儲けできる物語や、金儲けできそうな物語」
  • 「サイファイ」は商業的に成功を収めた作家を模範とする
  • サイファイ作家は、「人類から超人類への進化」といった主題を扱ってもいいが、以下の点を厳守すること。
  • 超人類は悪役として描かねばならない。
  • そして人類の代表である主人公が、その超人類を滅ぼし、現世と現人類を守り抜いて物語を終えること。
  • サイファイ作家は、常に「現世と現人類を肯定する作品」を書かねばならない。
    • 「SF=現人類否定主義」
    • 「サイファイ=現人類肯定主義」

(「梅原克文のサイファイ宣言」より)

  • 梅原克文の法則とは、こうです。
    • 養老孟司氏の著作『唯脳論』?によれば、人間の脳は一〇万年前に進化が終わってしまったのです。つまり、ハードウエア=脳は保守的な代物です。だから、ソフトウエア=文化も保守的な大衆娯楽路線であることによってのみ繁栄できるのです。
    • ゆえに、実験小説?を指して現代SFだ、などと主張するのは自滅への道だったのです

(梅原氏からの手紙4月19日より)

  • 「サイファイ、SCI-FI」についてですが、アメリカと日本とでは、事情が異なるのです。
  • アメリカでは「サイファイ」は「サイエンス・フィクションもどきのクズ」という意味で、侮蔑語として存在していたのです。それを、現在ではポジティブに捉えなおして「大衆娯楽サイエンス・フィクション」の意味で立ち上げなおしたわけです。つまり、アメリカでの「サイファイ」には「侮蔑語としての歴史」があったのです。
  • しかし、日本では誰も「サイファイ」などという言葉は知りませんでした。侮蔑語としても、隠語としても、存在していなかったのです。つまり、歴史がないのです。
  • これでは、日本で「サイファイ」を定着させるのは難しいでしょう。
  • 評論家の北上次郎?氏も指摘していたことでしたが、現在では「ホラーという記号表現」は、「ノンジャンル・エンターテインメントという記号内容」に事実上、変質してしまったのです。
  • ゆえに「現実の枠組みから外れていく内容の娯楽作品」は、すべて「ホラー」のラベルを張っても構わないのが、現状です。

すなわち、日本における「ホラー」は、すでに「サイファイ」も一部分として、記号内容の中に含んでしまったのです!!

(青山智樹 1998年11月の近況 「梅原氏からの手紙」より)