2005-05-20やさしい訴え
■やさしい訴え(小川洋子)
暗い過去を抱えた3人の癒し(?)の物語。読了後、図書館に『やさしい訴え』の入ったCDを探しにいきました。
ちょっとだけネタばらしをすると、夫の不倫から山の中の別荘に逃げ出してきた「わたし」は、チェンバロを作る新田氏と、そのお手伝いの薫さん、そして目も見えず耳も聞こえない老犬のバグ・ドナに出会います。「わたし」は次第に新田氏に惹かれていきます。
ドナがなんとも象徴的です。「わたし」にはどうしても新田氏の肝心の部分=闇が見えません。新田氏の奏でる音楽を聴くこともなりません。絶対に。
ようこりん(※小川洋子さんのことを勝手にそう呼んでます)作品では珍しく、「わたし」は新田氏を奪おうと行動に出ます。ドナをさらって殺そうとします。そう、これはまぎれもない自分殺しです。ですが、機を逸してしまいます。
ようこりん作品(とくに初期)には、静謐な死(タナトス)の空気が漂ってます。ですが、ここにあるのは静謐な生です。それは破滅的なタナトスを経て得られたものです。誰が何を思っているか互いに熟知し、その上で全てを認め、共に生きる大人の世界です。しかもそこには恋愛感情が深く横たわっています。ある意味、非常に奇妙な静謐感です。
少女マンガなんかでよく友達とその彼氏(実は自分も彼が好き)の動向にやきもきするシーンがありますが、その一歩先をかいま見せてくれる、希有な、そして心温まる物語でした。
2005-05-18ぐるりのこと
■ぐるりのこと(梨木香歩)
梨木香歩さんのことは本屋大賞ノミネート(『家守綺譚』)で知りました。
ニーチェが「大地に忠実であれ」と下から上への垂直方向の思考を言ったのに対し、この著者は自分から周囲へと、そしてまた自分へと、といった水平方向の思考にトライしています。
正直、読みづらいし、読み応えがあります。
それは、思考のプロセスをひとつひとつ検証しながらゆっくり歩みを進めていく、その忍耐力にあります。
私も含めて、ともすれば多くの人は(時間の制約に追われて)安直な解を出したがります。
しかし著者はそのような態度を断固として拒否し、時に自省しながら、駒を進めてゆきます。
話題は周囲の草花からイラク戦争まで広範囲におよぶにも関わらず、あくまで水平に、上から何かを声高に叫ぶこともせず、これら私を取り囲み少なからず犯されている『ぐるりのこと』の正体に向かって思考します。
「家守綺譚」を読んだときに感じた、深みがなく、それでいて豊穣な独特の世界に驚かされたのですが、この本を読むにつれ、その秘密の一端が分かったような気がしました。
TVタックル的なマッチョな思考回路に毒されている人、またそういう思考回路にうんざりしつつも自分の考えの表現手段が分からない人にはうってつけの良書と断言できます。
2005-05-17おんなのことば
■おんなのことば(茨木のり子)
茨木のり子さんのことは随分前に読んだ詩のこころを読む(岩波ジュニア新書)で知っていました。この新書は子供も大人もぜひ読んでおくべき最高の本です。
さてこの「おんなのことば」ですが、とてもちいさくて装丁がとてもかわいらしい本です。図書館にちょこんとありました。選者は著者本人ではありませんが、茨木のり子ベスト盤の位置づけです。
一般に詩というのはとかく分かりづらく、正しい方向で没入しないと何を言わんとしているのかてんで分からなくなります。ですが、茨木のり子さんはわかりやすい言葉で、レトリックもなく、常に直球勝負です。
大好きなのは冒頭の「自分の感受性くらい」です。
自分の感受性くらい/自分で守れ/ばかものよ
もうクラクラきてしまいます。思春期の子に詩のこころを読む(岩波ジュニア新書)とセットで贈りたい一冊です。
2004-11-05赤い部屋
■赤い部屋(江戸川乱歩全集 第1巻 屋根裏の散歩者)
殺人鬼の回顧談。狂気の描写が真に迫っているような気がして、乱歩の空想力の凄さがとてもよくわかる。
それだけに、後半部分の成り行きは少々安易な気がしないでもない。だが、それを差し引いても、前半部分の気持ち悪さは現代にも十分通じる。後の、最高に不気味な「闇に蠢く」を思わせる感覚がある。