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2005-08-31

目次

  • [best]今月の三冊200508 5/24冊 
    • 杉山春『ネグレクト』ISBN:4093895848
    • 絲山秋子『スモールトーク』ISBN:454404099X
    • 五十嵐大介『リトル・フォレスト』ISBN:406337551X
    • こうの史代『長い道』ISBN:4575939625
    • 夏目漱石+榎本ナリコ『こころ』ISBN:4091848168

[]今月の三冊200508 5/24冊  はてなブックマーク - 今月の三冊200508 5/24冊  - BookSynapse

ずいぶん時間が経ったので消化されすぎてしまった。(10/30更新)

杉山春『ネグレクトISBN:4093895848

子どもの虐待には不幸の再生産的な構図が存在するというのはよく言われることで、この事件でもそういう要素は色濃い。ただ、親子間で悪い影響(社会生活・育児ノウハウの欠如による伝達不可能性)も与える反面、支え合っている(住む場所を与えたり、仕事を与えたり)面もあって、その支え(干渉と呼んでもいい)部分が希薄になって問題が深刻化したというまとめ方になっている。

読んでいて意外だったのは、事件を起こした夫婦の世代に近づくにつれ、悪い影響も、支えと一緒に弱まっているということ。時代背景もあるんだろうけど暴力や迫害行為は、祖父母の世代のほうがずっと激しい。家庭生活で与えられるストレスの総量は減ったのに、その帰結としての虐待育児放棄)が「子どもの死」という事態に至ってしまった事実を突きつけられると、その質がどうあろうととにかく誰かと関わって干渉を受けていたほうが良かったということになるわけで、その質より量の干渉を行政が担うのは本質的に無理だという絶望的な結論に達する。児童相談所や保健士がどんなに努力しても、そこには物理的な限界がある。

人の流動性を高めて効率を上げコストを省くことは、要するにゆがみを調整する安全弁としての「余裕」をどんどん換金しているのにほかならない。かつては村や会社といった共同体が全体で担っていたリスクをババ抜きのババのようにぐるぐる回す、そういう世の中への疑問に行き着いてしまうんだなぁいつも。→参考『希望格差社会

絲山秋子『スモールトーク』ISBN:454404099X

乗ってる車で人物像を描写する作家絲山秋子の真骨頂。特定の分野に耽溺している優れた作家*1は、読者にしてみるとほんとうにありがたい。

車音痴にしてみれば所詮みんな同じ車でしかなくて(確かに形はちょっと違うが)、たいした運転経験があるわけじゃないのにどんどん引き込まれるこの感じは貴重。読み終わって、いつもの自分の車に乗ったときの感じが全然違った。最後は主人公が食傷して、車も置き去りに放浪の旅に出てしまうのだけれど、電車の方が便利な都会の人にとって車なんてただの趣味という結論がちょっとだけショックだった。田舎では車がないと暮らせない。

ところどころに挿入される車のエッセイも実感がこもっていて、本編とのギャップがまた面白い。こっちは絲山版『働きマン』としても読める。究極の商用車にはぜひ乗ってみたいなぁ。

五十嵐大介『リトル・フォレスト』ISBN:406337551X

自分の暮らしがいかに人工物に頼っているのかということをちくちくと刺されるように感じる。働くことと食べることの間に、できるだけたくさんの過程を差し挟んで、そこに無理矢理食い込むことでしか私たちの大部分は生きていけないと思うと、自分がそもそも幽霊のような実体を持たないものに思えてくる。

ただ、このマンガにはこういう暮らしをしながら生み出される「食べていくには不必要な、よけいなもの」つまりこのマンガを描く行為の描写が無くて、そこにこそ食べて生きるだけでは満たされない何かが存在するんじゃないかと、もどかしくもある。

こうの史代『長い道』ISBN:4575939625

運命の恋ばかりがもてはやされる時世にあって、今や稀少な成り行き任せの夫婦の物語。選べることがいいこととは限らない、と言われたら反論したくもなるけど、生きること自体が勝手に与えられた命題だとすれば、意に反して押し寄せる諸々を、改めて我がものとしてつかみなおせるかっていうのが人間としてのしたたかさなのかとも思う。嘘から出たまことというか、どれだけ上手に自分をだませるかという…。なんか変な結論になった。

夏目漱石榎本ナリコ『こころ』ISBN:4091848168

印象的な台詞はほとんど網羅しているし、それがあんまり浮いてないから、良心的な漫画化だと思った。先生もKもこうしてみると子どもだなぁ。学生の頃は理解できなかった心臓を破って鮮血を注ぐくだりが今回やっと腑に落ちた。先生側の世代になりつつあるということかも。

*1:ゲームにおける長嶋有とか。スポーツにおける堀江敏幸とか。

2005-08-28

第6巻『ムーミン谷の仲間

[]大人がはじめて読むムーミン はてなブックマーク - 大人がはじめて読むムーミン - BookSynapse

ムーミンのアニメを見たことがない。絵本もたぶん読んだことがない。あのパステルカラーの丸っこいフォルムだけ知っていて、ずっとディズニーみたいな夢と希望と愛にみちみちた作品と思いこんできた。

ちょっと前に人と話していて「ムーミンはこどもだましなんかじゃない、哲学だ。ぜひ読むべきだ」と言われたのを機会に、この夏読み通してみた。

以下は全くの初心者が一通り読み通した感想です。予備知識がほとんど無いのでいっぱい間違ったことを書いていると思いますが、初読の勢いが消えないうちに書き留めておきます。

読んだ順番

ムーミン童話は全部で8巻(+別巻1)。しかしどこから読もうかまず迷う。調べて分かったのは、書いた順番(ほぼ物語の時の流れ順)と、訳されて日本に入ってきた順番とが違っていて、しかも一番最初に書かれた『小さなトロールと大きな洪水』は後のシリーズ作品とはだいぶトーンが違い、著者ヤンソン本人も書き直したがっていたため(結局書き直さなかったそうですが)、長いこと邦訳がなかったということ。やっとムーミン童話全集ででたのが1992年。

第1巻『ムーミン谷の彗星』を読んでしまってからこの情報を知って、あわてて別巻『小さなトロールと大きな洪水』を読んだけれど、結論としては番外編として最後に読んだ方がよかったかもしれない(アリジゴクのエピソードなどのリンクもあるけれど)。ママもムーミンも、後のものとはちょっと性格が違って、入門者にとってはキャラクターイメージの拡散にしかならなかったので。

第1巻『ムーミン谷の彗星ISBN:406188221X

散々「子ども向けじゃない」と先入観を植え付けられてから読み始めたので、思いの外子どもっぽい演出と、いきなり最終回っぽい展開に唖然としながら読了。

彗星が近づいて地球滅亡の危機という状況の暗さが、読んでいる側には伝わってくるように書かれているのに、登場人物の反応はかなり喜劇寄り、そのくせ嘆いたり焦ったりも人並み以上にするのでなんかごちゃごちゃした印象が残って、変な話だなぁと。

しかしsuzushigeさんの抜粋から分かるように、スナフキンの名ぜりふ*1連発や、干上がった海を竹馬で渡るシーンの美しさは児童書の枠を超えて目を奪われるものがあります。絵もうまくて文句なし。一番最後まで推敲を重ねていたそうなので、それも影響しているかも。

別巻『小さなトロールと大きな洪水』ISBN:4061882295

その荒唐無稽な内容(しかも終始うす暗い雰囲気)とママの勇ましさとパパのだめっぷりに衝撃を受けて、キャラクターイメージが混乱。実は『彗星』ではパパもママも登場シーンがあまり多くないので、こっちの描写に影響されてしまうのです。

後のシリーズに比べて登場人物がまだ童話の類型っぽくて、ムーミン世界というより、先人の作品とつながっていそうだし(お菓子の工場なんて『チョコレート工場の秘密』みたい)、世界全体に人間くささ(いわゆる人間が生のまま登場する)がぷんぷんします。ちょっと異色。8巻全部読んでから最後に読むことをお薦めします。

第2巻『楽しいムーミン一家』ISBN:4061882228

これは最もムーミンらしいムーミンで、だいたいのキャラクターが出そろいます。

誰もが恐れるモランも登場。ここではまだ大した役割は与えられていませんが初登場時からして既にかなりの妖気を放っています。シリーズが進むにつれて存在感が薄くなる(というか出てこなくなる)スニフに比して、モランはどんどんその深みを増していくので注目に値します。

結末のお気楽な祝祭性をもってしても、話の中に一貫して漂っていた不穏さのあまりにも強い印象を消しきれないというパターンは、ここまでもここからも健在。結末の明るさを引き立てるために危機があるんじゃないというところがムーミン童話の特殊性かもしれません。

第3巻『ムーミンパパの思い出』ISBN:4061882236

パパの生い立ちから、冒険の日々、ママに出会うまでを語ったこの話は、ムーミン世界の骨組みを概観するのに不可欠な巻です。ムーミンスナフキン、スニフという子どもたちの親の物語なので、ハリーポッターでいうところの3巻みたいなもの。

しかし、とにかく落ち着きのない冒険・放浪者気質で自尊心の強いパパの一人称だけに読んでいていらだつこと!都合の悪いことを隠して誇大表現を好む陶酔気味なパパの語りを、子どもたち(まだ幼い・なぜかスナフキンもいる)の容赦ないつっこみが襲うあたりに、ヤンソンのバランス感覚がうかがえます。つっこみの後には必ずママの絶妙なフォローもあって、幕間として見事。

信用ならざる(かなり抜けている)語り手、パパの半生記。

第4巻『ムーミン谷の夏まつり』ISBN:4061882244

夏祭りシーンはわずかなので、私がタイトルを付けるとしたら『ムーミン一家と水の上の劇場』とかでしょうか。冒頭からして津波の話です。その辺からしてもううっすら影が差しています。

ママが相当のすごい人だってことは知ってましたが、女の子女の子した理想的なガールフレンドキャラだと思っていたスノークのお嬢さんのEQの高さに、ここへ来て感服。被害妄想少女ミーサのかつらとお嬢さんのドレスを対比させたエピソードが素晴らしいです。こういう場面をさらっと書けるヤンソンの現代性にびっくり。

あとはいつになく暴力的なスナフキンの荒々しい一面*2とこれまたいつにない家庭的な顔のコントラストが魅力的です。ミィとの出会う場面は何というか生き別れの親族ものにあらざるかわいた絆が、こっちが勝手に何かを感じてにやにやするのを止められませんでした。

看板騒動はほとんど茶番ですが、ママの小舟のエピソードで綺麗に収束する余韻がちょっとできすぎなくらいです。水の中をみんなで谷に戻る挿絵がお気に入り。

第5巻『ムーミン谷の冬』ISBN:4061882252

ここからぐっとシリーズの精神年齢が上がります。

ある日目覚めると、世界はまるで変わってしまっていた…。冬眠する動物であるムーミンが初めて冬のさなかにひとり目覚めてしまって、どうにも寝付けない。揺すぶっても誰も起きてくれない。ついに叫んだのが「ママ、世界がどっかへ行っちゃったよ!」もう血を吐くような叫びで、ここでぐっと心臓を掴まれます。この絶望的な終わってしまった感、そんじょそこらのセカイ系にはまねできまい。

眠りとは死ぬことだという言葉をひくまでもなく、冬のさなかにたったひとり(傍らに寝ている人がいると一人でいるよりもっと孤独を感じるもの)、ろくな食べ物もなく、まさに崖っぷちに立たされるムーミントロール。北欧の冬は一日中日が昇らない厳しいもの。その暗さ、寂しさ、すさまじさ、心の底から太陽をこいねがう気持ちが切々と綴られます。

なんか気持ち悪い生き物や常識の通じない傍若無人な人(おしゃまさん。のちのちムーミンシリーズ中最も大人な人と判明しますが)は出てくるし、怖いモランはさらに怖いし、何度もぶち切れそうになるムーミンはしかし冬毛(なんでそんなものが!)からはじまってだんだんと順応していき、はては彼らしく、冬のくらしと人々とのなかに楽しみと居場所を見つけるのであった…。後半の成長や、ラストの家族の目覚めと春(太陽が復活する日とか、氷が割れるシーンとか)ももちろんいいんだけど、前半の冬の描写が絶品です。

極近くの国の人でなければ書けなかった冬の死と春の再生と成長の物語。すごい。

第6巻『ムーミン谷の仲間たち』ISBN:4061882260

ごくごくふつうのタイトルなので、『楽しいムーミン一家』みたいなぬるいエピソード集かなと思いきや、ムーミンシリーズのキャラクターと設定とを利用して、相当テーマと演出を絞り込んで書かれた(ようにおもわれる)短篇集。私が思うにシリーズ最高傑作。

今度は短篇集か…と何気なく読み始めた冒頭のスナフキンとはい虫(どうも虫ではなくて小動物みたいなんですけど)の話でフライパンで頭をぶったたかれたような衝撃を受けました。こういう話はよくあるけど、こんな子ども向けの語彙でここまで具体的に突きつけられるとぐうの音も出ません。どうしてこんなにさらっと存在の根元に関わる激情(本人も自覚してないくらいの)が書けるのか。孤独と自由と所有の話。

その後のホムサの話のシュールさにおびえ(ミィ怖すぎ)、フィリフヨンカの抑圧のみみっちさと開放感のスケールの大きさのギャップにカタルシスを味わい、ヘムレンさんの奇妙にねじれた幸福の静謐さに酔い、パパとニョロニョロの狂ったオーラに感電し、ムーミントロールの報われない愛とスナフキンの大人の判断にうなり、相変わらずみそっかすなスニフに吹き出し、精神的な児童虐待があからさまなテーマのニンニの話の現代性(いい子になって終わるんじゃないところがまたいい)に、と読み終わる頃にはおなか一杯。

これ一冊だけでもぜひ読んでくださいって言いたいくらいなのですが、果たしてここまでの話をすっ飛ばしていきなりこれを読んで分かるのか、ちょっと保障できかねます。ムーミンの、スナフキンの、フィリフヨンカの、スニフの、ミィの、性格とムーミン世界の受け答えの間合いみたいなものがつかめていないとニュアンスが伝わらないかも知れないので。

何を思ってこの一連の話を書いたのか不思議です。どう見ても子ども向けじゃないし。傑作。


これに続くあと2巻が相当重くて、うまく書けません。言いたいことは分かるような気がするのですが、読めば読むほどだんだん暗くなってくるので。何度も読み返さないと真価が分からない本という気もします。

第7巻『ムーミンパパ海へいく』ISBN:4061882279

ある日家長は宣言する。「ここを出て新天地へ向かうぞ!」こうして一家は住み慣れたムーミン谷を離れ、絶海の孤島で暮らしはじめるのでした。

フロンティア精神に乏しい私には厳しい話です。無敵のママの包容力までほころびかける、パパの自己認知欲求と焦燥感のすさまじさといったら…。父性神話は父を壊します。読んでてつらかったです。ミィが頼もしく見えてくる始末。

お話全体からするとものすごーく些末なんですが、モランが海を渡るシーンが一押しです。えーっという驚きと、そのフォルムを想像したときの戦慄と。

第8巻『ムーミン谷の十一月』ISBN:4061882287

秋の終わり、人恋しくなった人たちがムーミン谷をたずねると、一家は留守だった。ムーミン不在のムーミン屋敷における奇妙な共同生活の顛末。事もあろうに主不在の館で勝手に暮らしはじめる変な人たちのお話。最終巻のくせにムーミンたちが出てこない。

読み終わってしみじみ思うに、これは理想化されたムーミン世界に対置されたこっち側の話なんだなぁと。

そしてムーミン一家の帰還シーンはほのめかされるだけで書かれない。要するに、読者はそうしようと思えばムーミンに再会できるけれども、谷の記憶を携えて現実を生きる回路も残してあるという。そう思って読むと最終巻にふさわしい話でもある。

さんざん指摘されていることですが、全体を通して、終末感というか、世界が終わってしまうような暗澹とした設定で書かれているので、今の世界の気分と通底するものがあります。今、ヤンソンの大人向けの小説もぽつぽつ読んでいますが、それを読むための入り口としてもムーミン童話は有効だなぁと感じている次第。というかムーミンを読んでいないと私の読解力ではよく分からなかったかも。北欧というメインストリームから少しはずれた文化は、実は日本のポジションと少し似ているかもしれないと感じながら、楽しんでいます。

あと、訳者が巻によって違うので、人物像に微妙な揺らぎがあります。読み込んでいくと、この人のこのキャラが好きっていうのも出て来そう。外国文学を読んでいるといつも思うことですが、翻訳物は著者と訳者の共同作品だなぁと思います。原書の記述が気になるところですが、さすがにフィンランド語には手が出ません…。

ヤンソン弟と共著のムーミンコミックスはまだ未読。こっちはこっちでまた別の世界がありそうです。

読もうかな、というひとに

持ち運びに便利な講談社文庫青い鳥文庫も出ていますが、自宅で読めるようならムーミン童話全集(全9巻 ISBN:4069309179)がお薦め。かなりお高いですが図書館にはたいてい備えてあります。なんといっても挿絵が豊富なところが嬉しい。巻末の解説は、作品の読み方を固定するようなものが多い上に、先の巻のネタバレなどもあってあんまりお薦めしません。むしろ読まなくていいかと(じゃあ私のこれは何なんだって話ですが…)。

関連

ムーミン関連ブックマークははてなブックマーク - 緑陰クリップ。もっと上手に探せばいいのがたくさんあると思うんですが、とりあえず。児童文学書評書評は深くて読みでがあります。

*1http://d.hatena.ne.jp/suzushige/20050309/p2…ブクマしたらすごい勢いで注目エントリに躍り出て、びっくりさせてしまったかも知れません。すみません。

*2:ニョロニョロの不気味な生態とあいまってすごい効果が

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