2012-12-15
■ [芝村裕吏]『この空のまもり』


- 作者: 芝村裕吏
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2012/10/23
- メディア: 文庫
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久し振りに、読んだ本の感想を書こうという気になった。
近未来政治SFである。「平成が終わって15年」、まあ大体現在から15〜30年ぐらい先の話ということになる。
少子化が進行し小学校は10人を下回る超少人数制。高齢者が圧倒的多数となったこの社会では少数派の若年層は政治的に無視されている。電子情報社会に対応できなかった日本政府の遅れた法整備は強化現実の無法状態を許し、社会は無数のタグに埋め尽くされた。宣伝や他国の政治スローガン、誹謗中傷やプライヴァシーの漏洩。そういったものが野放図に仮想空間を汚す。
政府に、現実社会に失望した若年層は独自に行動を開始した。強化現実の「国土」を守るべく自宅警備員たちが(室内で)立ち上がり、ネットの支持を得てAR自警団は数を増やし、組織化されて架空軍となった。増え過ぎたネット民意をまとめる目的で政治部門が発足し、それは架空政府となった。
この時代の日本には2つの政府が、二重の社会が存在している。
見ようによっては、現在の政治状況に対する寓話とも言える。少子化と不況がもたらす社会構造への影響。そうした状況を受けた国民の感情。登場人物たちは、それぞれが政治思想のモデルケースだ。
「愛国」を掲げた人たちが排外主義をもたらし、「悪いタグを掃除」したその手で中傷タグを付ける。「平等」を掲げた教育界は少子によって縮小した日本人に代わって移民を受け入れ、失業率の上昇と賃金の低下を招く。そのどちらにも与しない「中立」層は政治アクションを起こすことなく居場所を失ってゆく。
誰が正しいのでもない。それぞれの立場にはそれぞれの正しさがあり、軽い衝突を繰り返しながらバランスを録ってゆくものだ。極端な偏りは碌な結果をもたらさない。それは個人のバランスについても同様で、右であれ左であれ、極端に偏った先には破滅の淵が口を開けている。
なにぶん現実と強くリンクしているため、社会は八方塞がりで、それをぶち壊す異能も与えられない。こんな重いテーマではあるが、ネットスラング混じりの軽妙さがそれを救っている。笑いながら、考えながら、あっという間に読み終えてしまった。
奇しくも明日は衆議院議員選挙である。些か紹介が遅きに失した感はあるが、今なればこそ是非読んで頂きたい。できれば、投票よりも前に。