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2009-09-09

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失われた町

失われた町

三崎亜記渾身のSF。


町ひとつの住民が忽然と消え失せる「消失現象」。既に2つの町が虚空に呑まれ、国家は全力を挙げてこの現象の抑制に努めている。

悪いことに消失は「感染」する。町の外にいて消失を逃れた者も程なく周囲を巻き込んで消失。町の記憶を留める一切は毒となって触れる者を蝕む。人口への膾炙それ自体が汚染拡大を引き起こすため政府は消失した町に関する記録はおろか追憶の一切を禁止。

つまりこれは多分に郷愁を含んだディストピア小説と言える。汚染拡大の恐怖、思想・言論の制限と監視、人権を無視した人体実験、都市を取り囲む防衛施設……そうした抑圧的な描写と、そこに暮らす人々の感情、あるいは異国情緒や過去への憧憬のようなものが綯い交ぜになったメロウな描写が混在する。


欠点も記しておく。

三崎亜記は決して力量に優れた作家とは言えない。人物描写では厨二病とも取れる完璧超人や変に気取ったような人物像を多用するし、地の文に於いても同じ言い回しが複数回(恐らく何らかの意図を持ってのことではなく)出現する、また異世界感の演出を意図してのものと思われるが造語の多用を、鉤括弧括りや日本語にカタカナルビ、英字などを混じえて散りばめてあるのが読み難さ──喩えて言えばコンピュータ用語やビジネス用語に多用されるカタカナ語のような──を引き起こしているなど、こなれていない印象は強い。

しかし、それら欠点を差し引いて尚、本書は魅力的なSFたり得る。


突発的な広域災害、汚染拡大とそれへの忌避・差別感情、いくつもの特異存在、災厄の予測・防止のためだけに組織された強権的機関。一作で終わらせるには惜しいほどのギミックがここには詰め込まれている。

三崎は世界を描く作家であり、描かれる世界は現実のそれをなぞりながらもある一点を境に別の相へと転移している。その意味に於いてこれは純粋な平行世界SFだ。しかし惜しむべくかな、世界だけを強固に描くには彼の筆致は拙い。ために過剰なまでに人物描写の牽引力に頼ってしまい、その心理フィルタを通してぼやけた風景しか描くことができずにいる。

本質的には、彼はむしろ設定をこそ愛する作家なのではないかと思う。なれば小説ではなく、設定資料集を書いてはどうか。ドキュメンタリーの形式を採って架空の世界を描く。その方が純粋に、魅力ある世界を表現できるのではないかと思う。──ただ、現状まだ雰囲気に留まって奥行きを描けずにいるように見えるので、是非そこを突き詰めて頂きたい。本作の設定で言えば、例えばこの国以外でも消失は発生しているのか。いるなら/いないならその共通点/相違点は何か。日本語を使い日本名を持つが日本ではないこの国の成り立ちは。書けることはいくらでもある筈だ。

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