芹沢蔵書目録 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2006-08-01

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サイバーパンクのようでサイバーではない(パンクではあるが)未来世界の地球。高度に発達したナノテクで望みのものを作り出し、管理経済の崩壊から国家が消滅、代わりに「種族」などと呼ばれる新たな共同体が乱立する時代。

新ヴィクトリア王朝に所属するナノテク技師ハックワースはその能力を買われ貴族の孫娘のために企画された「若き淑女のための初等読本」制作を任される。彼は沿岸チャイナ共和国の租界にて密かにその本を複製、自分の娘に与えようと画策するが、それが元でチャイナ、ヴィクトリア双方の陰謀に巻き込まれてゆく……


ニール・スティーヴンスンは文章に関してあまりエンターテイナーではないようで、(以前読んだ『クリプトノミコン』でもそうだったのだが)話の展開が唐突で、また一つ一つの章は平坦で盛り上がりに欠ける印象を与える。にも関わらずそこには一抹の魅き付けられずにはいられない何かが含まれているようだ。


ダイヤモンド・エイジの世界ではネットワークこそ発達しているがサイバネスティクス方面はほとんど未着手と言って良い。何故ならば、それらはナノテクの発達により不要な技術となったからだ。身体的欠陥は殆どナノテクにより補い得るし、どんなに身体を強化しても分子レヴェルで分解・変性を可能とするナノマシンの前には無力である。

驚くべきことに、身体強化以外に唯一サイバネスティクスの優位と考えられる情報処理技術についてさえ、ナノマシンは予想だにしない方法で追随してみせる。


「若き淑女のための初等読本」は、牙を抜き平凡な人材を育てるだけの教育制度に不満を持った貴族が自分の孫娘を理想的な淑女に育てるために開発させた「インタラクティヴな」本である。バッテリを内蔵し、表示を自在に変化させるばかりか音声処理まで実行するスマートペーパーで製本されたそれは、通信機能と音声/光学センサまでを持ち合わせ、読者の行動に合わせてインタラクティヴに内容を変える。

ストーリーは基本的に共通構造を持った寓話集で、読者の社会基盤に合わせてキーワードを変化させる仕組みになっている。例えばトリックスター役がキツネであったりコヨーテであったり、悪役が悪魔であったり鬼であったり、というふうに。

幼少期には簡単なお話に合わせて文字の読み方からレクチャーし、話の途中で発せられる疑問に答えるためサイドストーリーを挟み、また時には読者自身に主人公の行動を選ばせることで摂理を教え、そうして学校に行かずとも必要充分な教養を身に付けることができるように考えられたそれは、言わば成長を共にする壮大なRPGのようなものだ。

これはある意味で本の究極形である。これ1冊あれば他のどんな本も要らないのではないかと思わせるだけのものを秘めている。飽きることのない童話、広範な辞典、娯楽であり教育的でもあるゲーム。そして本という、今もってWebが追い付けないダイレクトなUIを具えた形態。その見地からすれば、これはハイパーテクストの利点とペーパーメディアの利点を兼ね具えた代物と言える。

現代世界でもペーパーディスプレイの開発は進行しているが、それらは基本的に紙のような反射表示の視認性と歪曲可能な自由度を求めた結果に過ぎない。本当に紙にように使えるようになる日がいつか来るのだろうか。


……話が逸れたが、この作品が見せる退廃した未来の風景や物質文明崩壊の予兆、融合的なアイデンティティの提示などは明らかにサイバーパンクの流れを汲むもので、また前時代的な雰囲気やキーワードはむしろスティームパンクを想起させるものである。言わばこれは双方の橋渡しをする、もしくはその両方を吸収しつつ新たな境地を切り拓く「ナノテク・パンク」とでも言うべき新たなジャンルである。

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